2010年3月17日水曜日

ふえるさわのさん

一度も会ったことのない叔母の告別式で、
栃木に日帰りで行ってきた。

私は、父が46の時の娘なので、
父の兄弟というのはみな現在、
70、80代で、いとこもみな歳が離れている。

亡くなった叔母というのは、
ずっと昔に岩手を離れ、若くして亡くなった、
父の弟の奥さんである。

無論、叔父にも会ったことはない。
生きていたら80前くらいか?
叔母の享年は74歳。
(うちの両親は、20年ほど前に
盛岡の我が家に叔母と従兄が来たときに
会ったのが最後らしい)

そんな人の栃木の平日の告別式に、なぜ。

一応、ご報告だけでもという感じで
我が家に電話を入れた、
一度も会ったことのない10歳年上の従兄も、
まさかこちらが来ることは想定しておらず、
ちょっとびっくりしていた。

しかし、こちらとしては、
この機会を逃したらもしかしたら、
一生この従兄と
会う機会はないのではないか、
という、思いがあった。
(母も、どうしても行って来て欲しいと願っていた)
一度も会ったことのない従兄に会ってみたい。
弔意とともに、そんな気持ちがあったのである。

特に深く考えもせず、
宇都宮の辺りだろうと思って
会場の場所を聞くと、
「えっ・・・、どうやって来ますか?」
と、戸惑うように聞かれ、

「えーと、とりあえず
住所さえ教えてもらえれば、
栃木の地図(ライトマップル)は
買ってきたので、どうにかします」
と、自信満々に答え、
住所を教えてもらうとそこは、


群馬県との県境の小さな町だった。

告別式は、12:00。


つくづく自分が、フットワークが軽くて、
ビミョーに鉄子な性格で良かったと、
自分に感謝した。
(JR乗り換え二回で、11:30に会場に到着)

普通の女のコであれば、
行くのを挫折していたかもしれない。


ありがとう、ちょっと鉄ヲタ風味な自分。

ビバ、自分。


ま、そんなわけで、鉄子の旅なネタだけで
今回、このブログはいっぱいになって
しまいかねないのだが、別な話を。

私は一人っ子で、
この叔父以外の父の血縁はみな女で、
他家に嫁いでいるので、
澤野という苗字の
兄弟や従兄弟は他にいない。
(父の従兄弟筋など、
少し遠い親戚にはいるが)
そして、従兄弟たちは私と歳が離れていて、
それぞれ、自分たちの兄弟姉妹がいる。

それが当たり前でこの歳までやってきたので、
特になんとも思わなかったのであるが、
この歳にして初めて、

「さわのさん」な従兄に会うのである。

10離れているとはいえ、歳も近く、
あちらも一人っ子である。

一度も会ったことのない、
生き別れの兄に会うというのは、
こんな気持ちに近いのだろうか。

初めて連絡を取り合った携帯の留守電に、
「あ。さわのですけど・・・」
と、入ってて、

「こっちもさわのだよ!」
と、思わず携帯にツッコミを入れそうになった。


30歳を過ぎたくらいから、
両親の代理で澤野家代表として、
ご近所さんや、遠い親戚の
葬儀や火葬、告別式に参列することが、
飛躍的に増えた。

様々な弔辞や喪主挨拶があった。

私にとっては記憶が曖昧な、
よく顔を覚えていない近所のおばさんが、
有能な専門職の「職業婦人」で、
医療にも大きな貢献をしていたりとか、

あまり付き合いのない
お隣のおじさん(といっても80代)は、
まだ差別の強かった時代のアメリカで、
壮絶な私費留学をしていて、
友達と強い絆で支えあっていたりとか、

本家の愉快なおじさんの葬式の
弔辞を読んでいた昔の部下が大泣きしたりとか、
色々な人となりを、葬式で知ることも多く、

弔辞を読むために前へ歩いてくることすら
やっとなお年寄りが、弔辞を読む前、
泣かないようにと、ものすごい長い間のあとで、
冷静に読み出したり、

「私はすっかり歳をとってしまい、
君をこうして送り出すことしか
もう、君にしてあげられることはありません」
といって、盛岡中学の校歌を
朗々と歌い上げたお年寄りがいたり、

涙腺が決壊しそうな思い出が
たくさんできた。

まだ、自分の中での「葬式」
というものに対する理念のようなものは、
まったく定まってはいないのだが、
(若い頃は、墓なんか作らず、
できれば森の奥深くにでも
散骨してくれないものかとも思ったものだ。
遺された家族が面倒なプランである)
なんとなく、今回漠然と思ったのは、

葬儀の主役はあくまで亡くなった人ではあるのだが、
葬儀そのものは、遺された人々のためのものである。

ということだ。
今回、この告別式に参列して、
従兄や、叔母の血縁の方々と会うことができ、
会えた事を、本当にとても喜んでもらった。

ずっと親子二人だけで静かに暮らしてきたらしく、
叔母の兄弟たちですら、
10数年ぶりに連絡を受けたらしい。
そんな亡くなった叔母が、
私たちを繋げてくれたのだ。

不謹慎に聞こえるかもしれないが、
私たちは、最後にみんなで火葬場で
記念写真を撮ってきた。

まあ、こんな若造がなんですが、
葬式は、出た方がいいですよ。うん。
いろいろと、思うことが増えると思います。


なんか、こんな思索状態だったりしたので、
ほんとはもっと急いで進めなければいけない、
さわの企画が、ちょっと遅れてます。
関係各位、ご迷惑をおかけしてます。
これから急ピッチで進めます。ごめんなさい。
(ブログ書いてる場合じゃないだろ、と言われるな・・・)

もう少ししたら、皆さまにも、
そちらのご案内もできるかと思います。
よろしくお願いいたします。

2010年3月12日金曜日

最新医療器具より気になる

医大の定期外来。
今日は、採血に最新マシーンが登場!

これまでは、採血室で注射器で採血された後、
外来窓口に戻ってきて、
診察を待っていると(20~30分程度)、
採血データが先生のパソコンに届き、
診察室に呼ばれて、先ほどの採血結果を聞く。
という流れだった。
(これでもすごくスピーディだと思う)

それが今日は、看護師さんに呼ばれて、
いつもの科の受付に行くと、看護師さんが、
中の処置室に導くのである。

ちょっとビビりつつ中に入り、椅子に座ると、
目の前の机の上には、万歩計を一回り
大きくしたような検査器が。

なんでも、この器械は、
指先にちょこっと針を刺して出た、
直径2~3ミリ程度の
ビーズ位の大きさの血だけで、
即座にその場で測定して、
採血データが表示されるというスグレモノ。

すごいね、医療機器の進歩って。

私がこれまで味わってきた、
入院中、早朝に寝起きをたたき起こされ、
新人看護師さんに、採血を失敗されて、
針を刺されたまま、
血管の周りの肉を針で3度もまさぐられる
という経験や、

ほんとに初心者っぽい新人研修医に
採血されるあのドキドキ感を、
これからの患者さんは
味わわなくなるということだね。

これまでの壮絶な思い出の数々を振り返り、
若干、複雑な心境だね!

あの苦労は、私の代(?)で終わりなのか。

心臓手術も、私の頃からは無輸血手術とか、
人工心肺使わないとかだしね。
そのうち、部分麻酔で心臓手術とか、
言い出すんじゃないか、最新医療ってやつは。
(あ。カテーテル治療はそうか・・・そうなんだ!)

まあ、そんな最新医療についてより、
私は今日、A孫子先生にまず訊きたいことが。

気になる。すっごい気になる。

さわの 「先生! 先月からずっと
      気になっていたんですけどっ。
      ヒゲ!!
      その、あごヒゲどうしたんですかっ!」

あ、お医者さんのあごヒゲっていったって、
「ヤギ」みたいなんじゃなくね。

A孫子 「ちょっとワイルドになってみようかと」


ウソくさい。


さわの 「リンカーンの逸話みたいな事を言われたとか」
A 孫子 「(笑)言ってくれる人なんかいません」
さわの「『先生はぁ、ヒゲを生やしたほうが、
     ぜ~ったい素敵だと思いますぅ~』みたいな」
A孫子 「ないから。それに土曜には剃っちゃうし」
さわの 「なんですか、その期間限定なヒゲ!」


はっ、もしかして。


さわの 「・・・先生、来月もいますよね?」
A孫子 「? 来月・・・は、いるけど・・・?」
さわの 「「は」ってなんですか、「は」って!
     再来月はいないみたいに
     言わないで下さいよ!」

年度末に珍しいことをしてると、
いなくなるんじゃないかと心配される、
今日びの大学病院の先生。

(ちなみに昨年度末は、
普段あまり着ない白衣を着ていたので、
「まさか、異動じゃないですよね?!」
「白衣なんか着てると心配するじゃないですか」
と、さわのに言われたA孫子先生)

それにしても、気になるそのヒゲ。
あまりにも気になりすぎて、

「先生と同じ苗字で、同じ山形出身の
若いロックミュージシャンが、
“ほぼ日”で芋煮つくってますよ」

と、教えてくるココロの余裕がなかった。
無念だ(↓)。
http://www.1101.com/imoni/index.html

誰か、A孫子先生に教えてあげて下さい。

(※ちなみに、A孫子先生と芋煮の関係については、
以下の過去ログをご覧下さい。↓
http://morioka-zsk.blogspot.com/2009_04_01_archive.html#275640424976949639


あ。

でも、今日は夜に仕事の会合で、
「飲食費先方持ちで、飲み放題」。
だということは、くれぐれもヒミツに(←書くなよ)。

今日の数値がちょっと低かったのは、
決して、酒のせいではありません。

だって、この3年間、
次の日採血検査の有無に関係なく、
ふだんも飲んでるんだもーん。
今日だけ低いわけがない!

たぶんアレだよ、あの最新機器が
測定間違ったんだと思うよ。うん。
(↑ 違います)

2010年3月10日水曜日

ピーコさん、ファッションチェックお願いしま~す。

休みの日だったので、
家で夕方に風呂掃除したり、廊下を拭いたり
なんか他にも色々こなした後、

「風呂が沸くまでかなり時間があるから、
本屋とスーパーに行こう」

と、ボサボサな髪を無造作に束ね、
すっぴんはもとより、
最近、肌がボロボロなために、
乾燥肌用のクリームを塗って
テカテカな顔で、

「これから、家で風呂」

な感じの、ズルズルな(?)服装で、
近くのスーパーに夜になってから出向いた。

パンコーナーを何気に眺めていると、
横を通り過ぎる一人の男性と目が合い、
その人は、
「あ、なんかこの人見たことあるな・・・」
という顔をして、すれ違っていった。
通り過ぎてから思い出した。

医大のS先生じゃん!!

そう、S先生といえば、
私が人生において初めて見た、


茶髪でロン毛の、若手医師(当時)。


いやね、今時そんな若いお医者さんは
普通にいますけどね。
15、16年前は珍しかったの!
しかも、岩手医大の循環器科って、
体育会系男子揃いな感じだから
珍しかったんですよ。

あのー、なんですか。
現代のような「医療崩壊の現場」
なイメージが微塵もない時代に、
一般人が思い描く、

「外車に乗ってブイブイ言わしてる(←死語)、
大学病院のイケメン・エリート青年医師」

みたいな見た目の。
(↑ あくまで勝手なイメージです。
事実とは違います。おそらく)

でも、そんな激務の体育会系な現場で、
第一線でやってきてるので、
(若いお医者さんは異動が多いのに、
私が入院する時には、
必ず医大にいる先生だった。
接点が殆どないので、
会話したことは数えるほどしかないけど)
意外とタフな先生だと思われる。

推定40歳過ぎと思われるS先生は、
細身の身体にピッタリ添う、
ジャケットとパンツの上下。
お洒落な都会の育ちのいい大学生
みたいなファッションである。

若い。
そして、普通に似合っているところが
何気に凄い。


なんでよりによって私、こんな姿のときに会うか!


いや、姿もなんだけど、
この時私の買い物カゴの中には、


やっすいフルボトルの赤ワインが一本。


あーーーーー!!

明日、A孫子先生に
「A孫子クン、そういや君が担当してる患者、
昨日スーパーでワイン買ってたよ。
ちょっと、注意しといたほうがいいんじゃない?」
って、バラされるかもー!
しかも今週、外来あるしーー!

きゃー、ワーイーンー。
ていうか、テカったすっぴんー。
つーか、ボサボサの髪ー!!!

と、さまざまな思いがモザイクのように駆け巡り、
一瞬、パニック状態に陥る私。
(冷静に考えれば、入院中に
見られている姿は、毎日すっぴんと病衣だ)


話は変わるが、
3、4年前、まだ前の仕事をしていた頃、
夜遅くに仕事が終わって、
職場の建物を出て、中の橋のたもとで、
すっごい疲れた顔でぼうっと突っ立って、
口をあんぐりと開けて、星空を見ていたら、
ものすごくこちらをガン見しながら
通り過ぎていった、
私とそう歳の違わなそうな男性がいた。

そうだよなー、いい歳した女が、
ぽかんと口開けて星眺めていたら、
そりゃー、思わず見ちゃうよなー。
でも、あの人、どっかで見たことあるな。
・・・・・ん?


医大のY先生じゃん!!


と、橋の中ほどで気づいて振り返ったが、
そこにはすでに姿はなく(当たり前だ)。
(入院するとき、外来で対応してくれた先生)

もう、15、16年にもわたり、
何度も入院して手術して生還を繰り返していると、
意外と知らないところでお医者さんに
面が割れていたりするものである。

このブログではおなじみの言葉だが、
しつこく今日もまた、自分への戒め
のために記録しておくことにする。


【37歳、心のテーマ】

気合の入ったお洒落をしろとは言わない。
少なくとも、日常の身なりくらい、
きちんとしような、私。

2010年3月6日土曜日

芸術まみれの一日

19:00から、友人の善子(ピアノ)と、
その父親であり、私の高2の時の
副担任で音楽の先生だった滝沢先生(指揮)が、
一緒にリサイタルを行うということで、
岩手県民会館中ホール
「滝沢善子ピアノコンチェルトリサイタル」

・・・・・の前に、

少し早めに家を出て、今日は、
ギャラリーLa vieへ行かなければならない。

ギャラリーLa vieは、
菜園のカワトクの斜め向かいの
フロムハートビルにある、
岩手の若い現代美術作家の、
発表の場の一つで、
オーナーの川口さん自身も
現代美術作家である。

そのLa vieが、今日で閉廊という
衝撃のニュースが駆け巡った。

ギャラリーの方でも急な話だったということで、
特に、クローズのメモリアルイベントもなく、
最後の日も、個人の写真展。

しかし、(作家さんのトークショーが
あったということもあるが)大混雑の会場。
一方的にしか知らないような
地元の有名美術家さんたちもちらほら。
オーナーの川口さんと、
スタッフの鎌田さんに短い挨拶をして、
会場を後にする。

大通のクリスタル画廊が無くなっちゃったのは
いつでしたっけね?
同じく大通のさわや向かい、
第一書店の二階の第一画廊の記憶ももう、
曖昧になってきてます。

盛岡が、芸術文化に理解の深い土地柄
などと、堂々と自慢していた時代は、
遠くなりにけり。

とは、なりませんように。

と、いうことで、未来を担う
アーティストの作品をゼヒ見て元気を出さねば。

【岩手大学教育学研究科
教科教育専攻美術専修 終了制作展2010】
会場:岩手県公会堂
(※会期は11日で終了)

【岩手大学教育学部芸術文化課程
造形コース美術専修 卒業制作展2010】
会場:岩手県民会館展示室
(※会期は11日で終了)

なんかもう、芸術づいた一日でした。

灯を消さないためには、まず、
「現場」に足を運ぶところから。

次は、舞台スタッフとしてお世話になった
高橋直也くん、はまちひろさん、
田中健太朗くんをはじめ、
総勢42人が参加する、
岩手大学教育学部美術科の
在校生・卒業生有志で構成される
「つくる展」
が開催されます。

皆さまも、ぜひ。

********************

「第7回 つくる展」

会期:2010年3月13日(土)~18日(木)
    10:00~19:00(最終日15:00まで)
    ※15日(月)休館

会場:岩手県民会館 展示室

入場:無料

********************

2010年2月28日日曜日

歌の登場人物たち

「まちぶせ」可能な喫茶店の話題が
やたら盛り上がるので、
他の歌って、そういうの無いのかな?
と、探してみたのですが、
意外と、ここまで景色の見える歌詞って
そうは多くないですね。

私の世代だと、喫茶店といえば、
「まちぶせ」というより「ハロー・グッバイ」
なのですが、
“紅茶のおいしい喫茶店”で、
生まれ変わりたいくらい
可愛い“カップ(受け皿)が白い”
ことしか、歌ではわからないですね。

carta 「盛岡で紅茶の有名な喫茶店だと、
     「しゅん」ですかね」

いやいやいや。
ここは、自分のお店を言いましょうよ!
「紅茶のおいしい喫茶店」っすよ、cartaさん!
どこまで控えめなんですか!

それに、「しゅん」は模様のついたカップですけど、
cartaさんの方がむしろカップが白いですから!

(ちなみに、cartaさん情報では、
ユーミン作詞の歌に、
「まちぶせ」の他にももう一曲、
喫茶店の出てくる歌があるらしいです)


あと、
「まちぶせ」より前の歌で、
「学生街の喫茶店」だと、昔は、
“学生でにぎやかな”店で、
“ボブ・ディラン”が流れてて、
“窓の外”は“街路樹が美しい”
らしいです。

で、“時は流れ”て現在は、
“あの時の歌は聴こえな”くて、
“人の姿も変わった”
ということです。

歌詞をよく知らなかったんで、
ネットで調べました。
(こっちの方が喫茶店は「ルビアン」ぽい?
あ、でも学生街じゃないか)

私たちは当分「まちぶせ」審議で
いっぱいいっぱいなので、
どなたか、探してみてください。

個人的には、次は「失恋レストラン」
を探したいと思ってました。
(この歌って、つのだ☆ひろだったんだ!)

********************

失恋レストラン

作詞・作曲:つのだひろ
歌:清水健太郎

悲しけりゃ ここでお泣きよ
涙ふく ハンカチもあるし
愛がこわした 君の心を
やさしく包む 椅子もある

********************

と、いうことで、

「悲しけりゃ ここでお泣きよ」
と言ってくれる、ちょっとキザな
名物マスターがいて、
店の椅子がやわらかな、レストラン。

・・・と、思ったらこの台詞を言ってるのは、
マスターじゃなくて、
「まだ恋をしたことがない」常連客が、
失恋して訪れた男性客に店の説明をして、

「つくってやってよ 涙忘れるカクテル」
とか、
「歌ってやってよ 痛みを癒すラプソディー」

とかって、勝手にマスターに注文して、
みんなが帰った後に、閉店まで
「ねー、マスター、ねー、マスター」
って、くだをまいてる歌だったんですね。

この男もめんどくさいな!

みなさんも、いい歌ありましたら、ぜひ。

2010年2月27日土曜日

「まちぶせ」喫茶店増殖中

ミルウフさんが作ったリネンのバッグやふきんなどの
展示販売会が今日一日だけ行われるということで、
岩手県公会堂に赴く。

というのも会場では、てくりの高橋さんが、
レモネードを作ってお出ししているというから!
(レモンを使ったお菓子も販売していたが、
昼までには売切れてしまったのだとか。すごい)

でもって、レジのお手伝いには、
岩井沢工務所の由美子さんも。
そして、レモネードをご注文の皆さんには、
今日だけ利用できる、
cartaさん50円割引券プレゼント。

なんとなく、てくりな集い。

でまあ、こういうメンバーで話題に上るといえば、
ここ最近、地味に読者の心のひだを
ざわつかせているといっても過言ではない、


「まちぶせ」審議委員会。


すみません、世の中(のごく一部)で
まさか、そんなに物議(?)を醸しているとは。
(これまでの内容はこちらの過去ブログで。↓)

「まちぶせ」可能な喫茶店
http://morioka-zsk.blogspot.com/2010_02_01_archive.html#6885577326718297244

「まちぶせ」審議は続く
http://morioka-zsk.blogspot.com/2010_02_01_archive.html#7563543946293042812


高橋  「さわのさん、主人公の女は
     高校生ではないと私、思うんですよ」
由美子「そうそう、他の人からもらったラブレター
     見せたりなんて、さすがにここまで、
     高校生はしないんじゃないかなぁ」
高橋  「大学生だと思うんですよ、この設定」

それはね、皆さんが
「お人好しな県・第一位の岩手県民」
だからですよ、きっと。
女成分の高い女はね、それこそ、

幼稚園児のころから既に、オンナですからね!

都会の幼稚園児なんかは、
「もうすぐわたしきっと あなたをふりむかせる」
って、たんぽぽぐみのまーくん(←誰だよ)
に対して、きっと普通に思うと思いますよ。
むしろ、この歌に共感とか!

ま、でも今回のテーマは
「盛岡」で「まちぶせ」ですからね。
大学生、よしとしましょう。
(「まちぶせ」の歌が流れていたころの、
盛岡の女子大生比率はどれくらいだったのだろうか)

さわの 「盛岡の“街角”でお茶飲んでるなら、
     岩手大学生か医大(当時)生かな」
由美子 「大学まで指定・・・」
さわの 「医大生は街であんまり見る機会無いから、
     やっぱ、岩大生がモデルかなぁ。
     特美(教育学部特設美術科・当時)の学生あたり」

高橋  「で、映画館で映画見た帰りに、
     映画館通りの入り口の「ルビアン」でお茶飲んで
     今見た映画の話をしながら
     “微笑み見つめあう”って事でどうですか」

さわの 「「ルビアン」って、テーブル席4人がけでしたっけ?」
高橋  「いや、この女(←この女呼ばわり)だったら、
     もし二人がけのテーブルだったとしても、
     隣のテーブルから、いすを持ってきて座って、
     二人の邪魔をしますね」

そこまで「ルビアン」推しますか。
(ちなみに後で調べたら、4人がけテーブルでした)
ていうか、私たちの間で「まちぶせ女」、
かなりイメージ悪いですな。

さわの 「でもなぁ~。・・・例えばですよ、
     「まちぶせ」のカラオケのイメージ映像で、
     盛岡の喫茶店を使うとしたら、「ふかくさ」や、
     「詩季」みたいな雰囲気の店が
     似合うんだけどなー」

高橋  「でも「ふかくさ」は“街角”じゃない
     ってことになったんですよね?」
さわの 「まぁ、市役所(盛岡の超中心部)の裏だし、
     “街角”っちゃー、“街角”ですよね、あそこも」
高橋  「ここはひとつ、宍戸くんもここに呼んで、
     “盛岡の街角”の定義をきちんとし直して・・・」


あぁ、どんどん深みにはまっていく私たち。


この日、他に話題に上った喫茶店は、
上田の志和眼科そばの「ぱんどる」
(↑ でも、窓際のテーブルは二人がけ)
大通の教育会館そばの「カフェテラス 白鳥」

私は、もりげきに行く途中の、南大通の「湖月」も、
イメージに似合うと思ってるんですが、
如何せん、店が二階。

大きな窓はあるけど、これだと、
「のぞいた喫茶店」じゃなく、
「見上げた喫茶店」なんだよなぁ。


さわの 「そういや、話変わりますけど、
     すっごい昔の喫茶店って、占いの器械が
     テーブルにおいてましたよね。
     あれってもう、どこにも無いんですかね?」
高橋  「あ、それ、肴町の「未完成」にありましたよ!」
さわの 「マジですか?!」

何気に、この会話が会場のお客さんの注目を。

ていうかですね、この「まちぶせ」審議委員会、
店をひとつに決定という方向じゃなく、
増殖の一途をたどってるんですけど。

ま、それはそれでよしということで。

今のところ、高橋さんの熱い支持で、
「ルビアン」一歩リード。

2010年2月19日金曜日

「まちぶせ」審議は続く

先日、ここで「まちぶせ」可能な喫茶店(↓)
http://morioka-zsk.blogspot.com/2010_02_01_archive.html#6885577326718297244
というネタを書いたのですが、何気に反応があり、
相馬弁研究所の影武者所長からは、

「パクらせていただきました」

というメールまで届いたりしました。
(いや、私も仙台のつれづれ団の方の
パクリともいえるネタなんですが・・・)
これが、所長の思惑以上に、
コメント欄で盛り上がっている、らしい。

(そんな、相馬弁研究所のブログはこちら。↓)
http://blog.goo.ne.jp/kage-yh7/e/be02506637628c7f8d08d9512619d1d5

これを広げていけば、そのうち、
“東北「まちぶせ」MAP”
(↑不穏な響きがまた、そそられる)
ができあがるのではなかろうか。

で、私もあのブログを書いた後再考したのですが、
やっぱ、友達(あのこ)と待ち合わせしたら、
たまたまそこに、「あのこ」と一緒に
「あなた」がいたんではないですよね。

********************

あのこが急になぜか きれいになったのは
あなたと こんなふうに 会ってたからなのね

********************

って思うくらい、まあ、密やかな恋をする二人を
ガラス窓越しに初めて見てショックを受け、
その動揺を隠しつつ、喫茶店に入って、
しらじらしく

「あ、付き合ってんだー。知らなかったー」

かなんか言いながら図々しく混ざって
(↑この図々しさがポイントね。)
「あのこ」の隣の席に座って、
向かいの席の「あなたを熱く見」るわけです。
と、いうわけで、


窓際のテーブルは、4人席以上の大きさ


という縛りが新たに追加になりました。
(↑どんどん自分たちを追い詰める考察)

「学生街」な「街角」の、
「道路沿い」の「一階」にある、
「大きな窓」の側には「4人がけのテーブル」
のある、昭和な感じの「喫茶店」。

映画館通りの入り口にある
「ルビアン」(かっぱの石像が目印よ♪)
を推す人も何人かいるのですが、
いやいやいや、あんなガラス張りの
中央通の中心街ですよ。

どうみたって、密やかな恋じゃないですよ。
「盛岡の中心で愛を叫ぶ」感じですよ。
今の世代はわかりませんが、
私たちの時代より前の世代は、

「喫茶店入店禁止」

が校則にあるところも多いんで、
盛岡の中心で愛を叫んで、
生徒指導の教師に捕まってしまいます。

私は、仁王小学校正門前の
「ヌック」
がいいセンいってるんじゃないか
と思うのですが、
てくりの高橋さん的には、

「窓際のテーブルが、垂直設置なのが惜しい」

と。
「微笑み見つめあう」のが、
片方しかわからないと。
「あなた」が微笑んでいるかどうか
わからないと。

ええ、これを読んで皆さんお分かりの通り、
ワタクシたちは、
横綱審議委員が横綱を審議するくらい、


めんどくさい


審議委員です
(↑しかも、誰からも求められてないし)。
まあ、キモチはミシュランガイドの調査員
くらいの矜持をもって。

あとは、桜山通りの「パァク」。
本町の「喫茶ママ」は、
窓はちっちゃいんだけど、
ドアの真ん中にあるガラス窓から、
4人がけのテーブルがどんぴしゃで
覗けることに、最近気づきました。
桜山通りの「モンタン」は、
ガラス窓の側はテーブルだったかなぁ?

私が高校生の頃は、若園町の
藤原養蜂場の蜂蜜屋さんの店の中に、
「ハニーウッド」
という喫茶店があって、
トーストに蜂蜜かけ放題だったのですが、
今でもあるのかなぁ?
「ジェラートワン」ができたから、
今はもう無いだろうか。

青山あたりにもなんか、
面白い古い感じの喫茶店が
あるらしいというタレコミも。
(あの辺だと、盛岡北高生が登場人物?)

とまあ、それにしても盛岡、
ほんと喫茶店とカフェの多い街ですねぇ。
(「まちぶせ」の歌詞に合わないから
ここに出てこない喫茶店も山のようにある)
さすが、裏キャッチコピーが


「スタバのつぶれる街、もりおか」


(以前、中心街にスタバが一気に3件できて、
一気に2件つぶれたという実績を持つ盛岡。
そして、スタバができた影響で
潰れた喫茶店のあった話も聞かない)

情報、まだまだお待ちしております。