2008年10月31日金曜日

優しい嘘

なんとなしに、心臓病や循環器病関連の情報を
ケータイでネットサーフィンしていたら、
とてもお世話になった昔の主治医のK地先生が
いっぱい対談してしゃべってる(いや、活字だけど)サイトがあった。

K地先生が、こんなにしゃべってる!(いや、活字だけど)

私の中では、そう口数の多くない、
いつも笑顔だけど、いたってクールな若きエリート医師
というイメージが強かったので、
いくつかの対談を読んでいるとあぶりだされてくるその、
熱血漢で体育会系でパワフルなイメージが
まだうまく私の中では繋がらない。

私が最初の心筋梗塞で岩手医大に入院したのは、
22歳の時で(前から定期的に薬だけはもらって飲んでいたが)、
その時の、一般病棟に移ってからの主治医の先生の一人で、
その半年後に再発作を起こして入院したときの、
手術のため心臓外科(当時・第三外科)に移るまでの、
循環器科(当時・第二内科)の主治医の先生でもあった。

まだ30歳前だったんだね・・・K地先生も・・・。

その頃にお世話になったK地先生とか、F崎先生とか、
K林先生とか、新N先生とかいう、
当時20代の先生方に出会ったことが、
お医者さんをとても身近なお兄さんのような
イメージに私を変えた。

まあ、ある意味、私がモンスター患者のはしりである(?)。
(ちゃんと医者を尊敬しろっちゅうハナシである)

当時から私はこんな性格なので、
回診に来るK地先生やF崎先生をつかまえては、

「センセー、ヒマっ!!」

とか、クダをまいて世間話につき合わせていたので、
今でもF崎先生なんかは、
私が入院した病室に現れるときは、第一声、
「相変わらず、ヒマそうだね」
と、言ってやって来る。

で、最初の入院をした時、退院するときに
お礼の手紙を残していったのだが、
やはり当時からこの性格なので、
いかに手紙で笑いをとるかが信条だった私は、
(ほんと、今と全く変わってないな・・・)

「ゼヒ、将来は偉くなって、今度入院したときには、
『私、○○先生が主治医だったことがあるんですよ』
と言ったら、他の患者さんに驚かれて羨ましがられるような
先生になっていてください」

みたいな事を書いて(もう記憶が定かではないが、
たぶんそういうような内容だった気がする)
残して退院してきた。
どうもそれが、よっぽどウケたのか(いろんな意味で)、
入院したり、病院で会ったりすると今でも、

「F崎も、偉くなったよ(笑)」
「Mさんも、もうすっかり偉くなってねー(笑)」

と、お互いに「(笑)」つきで報告してくれていたが、
冗談じゃなく、ほんとにお世話になった先生方が、
どんどん偉くなっていっててびっくりする。
(ていうか、どんな印象を残してるんだ、私は一体・・・)

その後、K地先生もF崎先生も、循環器科ではなく、
高次救急センターの専門の先生になったので、
本来、そう接点も多くはなくなっていたにもかかわらず、

8年前(最初の入院から5年後)に、
胸の痛みが著しくて救急に行ったとき、
当直の先生に「心電図に変化がありません」とか言われ、
一度家に帰されて、
でも、絶対この調子のおかしさはただ事ではないと、
再度、救急に行ったとき担当した先生と揉めて
怒鳴ったりして、苦しくて横になっていた時に
忽然と現れて、
心電図を見て一発で異常を発見して、
循環器センターに搬送の手配をしたのはK地先生だった。

ただ、当時私は前職のおでってに就職したばかりで、
しかも、おでってがオープンして2週間目位のときだった。
さんざん、「だって絶対、おかしいんですってば!!」
とか言って、対応した先生ともめておきながら、

K地先生がやって来たときには小康状態だったので、
治まったから、うちに帰りたいと言い出し、
やっと仕事が決まって、しかもオープンして2週間目で、
今、入院してるわけにはいかないのに・・・と、
切々と訴え、頭を抱えて混乱していると、
とても困ったような顔をしながらも、

「いずみちゃんさぁ、
一応、『ちょっと』検査のためだけでも入院しようよ。ね?
それで問題なかったら退院しようよ」

と、こんこんと説得して、
(どう考えても、問題のある状況なのは目に見えていた)
私を循環器センターに移した。
気づいたらいつのまにかその2週間後に
緊急手術の予定まで組まれていた。

ちなみに、その5年前の入院のときも、
一旦、退院して自宅療養しつつ手術の期日を決める、
というような話の流れだったのに、
いつになっても退院の話にならないと思い、
K地先生に「いつ退院していいんですか?」と訊くと、
やはり困ったような顔をして、

「んー、もうちょっと待ってくれないかな?」

といわれ続けてずるずると入院していたら、
気づいたら、入院している間に緊急で
手術をする予定が組まれていた。


K地先生は、いつも私に優しい嘘をついてくれる先生だった。


今の時代、それはインフォームドコンセントの見地から、
どういう判断をされるのか、
これを読んだ人がどういう感想を
もたれるのかもわからないが、
(もし、それを問題だと言われるなら、
それは私の文章表現の拙さの問題である)
私は、あのときのK地先生の優しい嘘を、
今でも感謝の気持ちでふと、思い出すときがある。

そんなK地先生が今、専門にしているのは、
心肺蘇生法、AED(自動対外式除細動器)を
広く一般に広める事らしい。

もう、岩手を出られて別の病院に異動されてるので、
K地先生とはもう、お会いする機会もないかもしれないが、
もし、外で私が倒れて意識を失ったときは、
岩手でK地先生が広める事に腐心していた、
この「AED」にお世話になることになるかもしれない。

今、盛岡市内のいたるところにこの、
K地先生のお守りの置き土産が設置されている。

最初に手術をした後、私はながいこと、
「なんでこんな、世の中に何の役にも立ってない、
何者でもない私が、
高い医療費や高度な治療技術を駆使されてまで、
生かされている必要があるのだろうか」
というようなことを考えては、とても切ない思いをしていた。

その答えの出ないまま、まだ私は、
K地先生をはじめとした、
多くの医大の医療関係者の方々にお世話になって、
たくさんのエキスパートの知恵と技術の結晶で
生かしていただいた身体を、
時々酒やストレスで酷使したりもしつつ、
今日もくだらないことばかりして、
へらへら笑いながら日々を送る。

********************

そんなK地先生(←もうあまりイニシャルにする必要もないが)が、
対談連載をしているサイト
「いのちをつなぐ ひとをつなぐ こころをつなぐ」です。 ↓

http://j-pulse.umin.jp/push3/inochi/index.html

2008年10月21日火曜日

どんぐりと私

どんぐり拾いにはまってしまった。

事の発端は、バイト先で子供たちが工作をする材料として、
まつぼっくりやどんぐりや木の枝などをおいているのだが、
昨年集めた材料が、一年たってもう底をつきかけており、
今年も新たに、どんぐりやまつぼっくりを
集めなければならない季節ということで、
先日志願をして、スタッフのKさんと本宮の中央公園に、
どんぐりを拾いにいった。

これが、めちゃめちゃ楽しい。

できれば何度でも拾いたい。

と、いうことで、こういう時は、てくりの高橋さんである。
午前中にメールで「どんぐりを拾いにいきませんか?」
とお誘いをすると、
ケータイの向こうで大受けしている雰囲気と、
速攻で「行きます!」という返事が返ってきた。

そして、今日の午後には行く予定に。

なんてフットワークの軽い高橋さん。
そんなに喜んでいただいて、
ワタクシとしても誘いがいがあるってもんですよ。

事情通によると(← なんのだ)、
どんぐりシーズンもそろそろ終わりらしい。
ここは急いで行かねばならない。
気合い十分で中央公園に向かうと、
「まだまだいけまっせ~」てな感じで大量収穫。

子供のころに見たベレー帽かぶった細長いどんぐりは、
なんとなくもう、シーズン終了であまり拾えなかったが、
まん丸いでっかいどんぐりは、今が旬!て感じでした。

それにしても、なんで食えもしないのに、
あんなにどんぐり拾いって楽しいんでしょうね。

そうそう。

本宮のこども科学館の近くに、
「どんぐりの森」ってのがあるらしいと、
地図で知った私たちは、中央公園に行く前に、
その、謎の「どんぐりの森」を探しに行きました。
そしたらですね、どんぐりの森、

これからどんぐりの森になる予定の土地だったんです!

どういうことかっていうとですね、
広大な敷地に、どんぐりの木の苗がびっしり植えられていて、
今後も植樹を続けていく予定らしく、
プランターでは、数種類のどんぐりが植えられて、
苗が育てられてました。

いいっすねー、どんぐりを植える盛岡市!

華々しく、ソメイヨシノの植樹とかじゃなく、
役に立ちそうな野菜の栽培とかでもなく、
地味な(いえ、壮大な)どんぐりの森計画!

高橋さんは「その計画、参加したい!どうすれば・・・!」
と、自分がそこに参加できないことを悔しがり、
私は「この税金の使い方は、許す!!」
と、上から目線で税金の使い道を承認。

なんか、宮沢賢治の「虔十公園林」みたいですねー。
(あの話は、木を切っちゃうけど。どうか切らないでね、盛岡市)
十年後が楽しみです。

ところで、「どんぐりのせいくらべ」っていうけど、
どんぐりって、一つ一つ、ぜんぜん違うのね。

盛岡タイムスさんの、2006年の記事より。↓
(記事によると市の税金じゃなく、ロータリークラブのお金でしょうかね?
いや、でもこういう事なら税金使ってくださってもよろしくってよ、盛岡市)
http://www.morioka-times.com/news/2006/0607/26/06072609.htm

てくりの高橋さんからみた「どんぐり拾い」は、
てくりさんのサイトのスタッフ日記「10月22日」をどうぞ。
私たちが収穫したどんぐりの画像も載っています。↓
http://www.tekuri.net/

2008年10月18日土曜日

誇り高き制作

午前中に、盛岡劇場で感劇地図最新号の発送作業、
午後に、燐光群盛岡公演のちらしを、
黒テント盛岡公演のパンフに折込みさせていただくため、
いわてアートサポートセンターに。

事務室前には、同じく燐光群さんの盛岡公演の、
盛岡の制作協力隊であるカシワギさんや
劇団ゼミナールの睦さん、
香港活劇姉妹のあやぞうさん、
そして、センターのスタッフのいなべ君、
盛劇のN根山さんといった面々を始め、
様々な劇団の(主に)制作さんたちが集う。

「制作って、何をする人なんですか?」
と、よく聞かれるのだが、
演劇界においては
(劇団によって多少の違いはあると思うが)、
公演の金銭管理及び収支決算の把握だったり、
劇団員や稽古日程のスケジュール管理だったり、
情報宣伝戦略をたてたり、
ちらし印刷の手配をしたり、
チケットの管理をしたり、
公演当日の受付まわりをしたり、
必要な書類を作ったり、
対外的な窓口の担当をしたりする等など、
劇団のマネージャーというか、
会社の総務や経理や営業というかまあ、
「何でも屋」みたいなスタッフである。

そんな、制作スタッフが集って、
今日は黙々と、ちらし折込み作業。
ふと、いなべ君がつぶやいた。

いなべ「・・・もし、今何かの事故でここが爆発したら、
      盛岡演劇界、大打撃を受けますね(笑)」

これぞ演劇制作人の矜持である。
たとえ、演劇制作というものが、
一般的によく知られてない地味な仕事だとしても、
ワレワレ制作人は、そう思って芝居を作っておりますことよ。

2008年10月15日水曜日

さわの、炊き出しに行く

先日の日記にもちらっと書いたが、
二戸に、東京藝大大学院映像研究科2年の、
十文字さんの修了作品を撮ってる映画撮影隊の
炊き出しお手伝いに行った。

自慢じゃないが最近の私は、慌しさにかこつけ、
バイトの時、昼ご飯代わりに
コンビニの肉まん食べて、
「うま・・・」
と思ってたり、
ネットカフェで公演用ちらしデータ作成しながら、
コンビニおにぎりとティーバッグの紅茶で
食事を済ませているような食生活であった。

ヒトサマにご飯作って差し上げるような
食生活なぞ送っておらん。

職場にお弁当持参で出勤するなんて、
ここ10年くらいしてないし、
ほーむぱーちーもしないし、
どっかに、自分の作った料理を持って伺う
なんてこともまずしないので、
(いやー、なんかキャラじゃないしー)
私が料理するなんていうイメージを持っている
友人知人はほんとに少ないんではなかろうか。

よく、こんな私に声をかけてきたものよ、十文字さん。
(つーか、ほんとに人いなかったのね・・・)

とはいえ、これくらいの年にもなれば、
そこそこ生活に困らないくらいの料理はできる。
料理の本を読んだりするのも好きだ
(↑ 読むだけかい)。

ま、なにかしらお役には立てるでしょ、
と、気楽に引き受ける。

がしかし、そうはいっても、
状況がまったくわからない。
ただただ、おにぎり作るだけなのか、
炊事担当の指示を仰ぎながら、
野菜切ったり、肉切ったりするような感じか?
もしかしたら、ひたすら食器やなべ洗い?

先方の食材も全くわからない。
いきなり「この材料で作って」と言われて
「了解っすー!」と、作れるような
食材と調味料が揃っているのかもわからない。

「盛岡から一日だけ、
わざわざ食事をつくりに来てくれる人」
と、妙に高いハードルができていたらどうしよう・・・・・

不安なので、一応、普段使いの料理の本は持参した。

10時半くらいに金田一温泉の炊事場に到着すると、
すでに味噌を入れてるのに、
ぐらぐら煮立ってる、20人強分の
ワカメの溶けかかってる味噌汁が。


ああ、なんかここなら私レベルの料理の腕でも
お役に立てそうな気がする・・・・・。


そして、何かと用事を作っていなくなる
炊事担当の女の子。

私には、着いてすぐ調理器具洗いと
食材確認と、20人強の料理作りの
洗礼が待ち構えていた。
(ご飯は炊いてあった)

野菜の種類は困らないだけある。
でも如何せん、

生姜が無い(チューブのやつはあった)。
にんにくが無い。
ベーコンが無い。
小女子(じゃこ系)がない。
だし系(コンソメとか鶏がらスープの素とか)が無い。
(↑ ほん○し)はあった。
練り物系(ちくわとかかにかまとか)が無い。
ゴマが無い。

料理をする人間ならわかっていただけると思うが、
生姜がないと、かなりごはん系おかずの
バリエーションが狭まる。
そしてなにより時間が無いので
手間ひまかける料理は作れない。

そして、料理をする場所(金田一温泉)と、
ご飯を食べる場所(撮影場所・二戸市内)が離れている。
できた料理は車で運ぶ。
アツアツのできたて料理を食べてはもらえない。
給食の配食と同じシステムである。

そんな状況下、
チューブ入りおろし生姜というキツイ食材を、
みりんとゴマ油に助けられ、
炊事場のだし昆布を拝借し、
孤軍奮闘しながら、あと30分とか1時間とかもう、
ギリで時間の無い中20人強分の
なすと豚肉のしょうゆ味の煮物を作っていると、
作品にヒロイン役で出演する、
劇団青年団の真生ちゃんが手伝いに来てくれた。

もう、真生ちゃんの姿が天使に見える。

真生ちゃんに手伝ってもらいながらなんとか、
マヨネーズとツナ缶で味付けした
小口切りのきゅうりの和え物と、
ほうれんそうのおひたしを作る。
(↑ もう、料理というレベルでもない)。

真生ちゃんは、ゆかりと干しえび
(炊事場の冷蔵庫に眠っていたのを拝借)を使って、
ポテトサラダを手際よくつくっていた。
(ハムもベーコンも無いので、
私はポテトサラダ作りを断念していた)。
真生ちゃんはほんとうに料理が上手い。

どうにかギリで食事らしくなって安堵しつつ、
これを持って、車に乗って撮影場所に向かったら、

「わ! 今日はおかずがいっぱいある!」
「ほうれんそうのおひたしがある!」
「きゅうりが薄い!」

と、予期しないところを喜ばれる。
人生のうちで、ほうれんそうのおひたしを作って
こんなに喜んでもらえる事は、もう二度とないと思う。

撮影場所では、カントクの十文字さんと、
劇団ゼミナールの恵ちゃん(現在、東京でプロのメイクさん)
に会うことができた。
いやぁ、午前中の疲れが癒されました。

食器洗いと夕飯作りは、少し早めに動き、
真生ちゃんが、昼の残ったご飯でかにぞうすいを。
私は、不足分のご飯を炊いたあと、
真生ちゃんレシピによる浅漬けを作り、
二戸市内に戻って、夜の撮影(真生ちゃん出演シーン)を
ちょっと見学させてもらって、
いわて銀河鉄道に乗って盛岡に帰還した。

もう、ほんとに疲労困憊だったので、
うちに帰って食事を作るどころではなく、
ワインと、かぼちゃのたね(つまみ)だけ食べて、

泥酔。

いやー、私、外ヅラがいっすねー。
私が料理が得意と勘違いした撮影隊の皆さん、
「ごはん美味しかったです」とかメールもらっちゃって
ごめんなさいねー。

でも、駅まで車で送ってくれた運転係の、
それまで始終不機嫌そうだった男の子が、
最後に「さわのさんが、料理作ってくれるのって、
今日だけなんですよね・・・」と言ってくれて、
なんか、青春映画のワンシーンに参加したような、
そんな気分になりました。


【今日の感想】

「給食のおばちゃん、マジリスペクト」(←DAIGO風)

********************

そんな十文字さんが昨年つくった映画が、
もりおか映画祭で上映されます。
クロージング上映「櫻の園」の後の上映となる、
映画祭のほんとの大トリな作品です。
ゼヒ、観にいってください。

10月26日(日)21:00より
映画館フォーラムにて(90分)

「八咫鏡」(やたのかがみ)

監督:十文字香菜子
出演:山田辰夫、烏丸せつこほか

入場料:前売1000円、当日1500円

サイトはこちら ↓

http://morioka-eigasai.com/

********************

2008年10月12日日曜日

感慨

昨日11日(土)19:30からは、ユニット・マーブル局の
「スタンリー!!」(作・演出:中村剛造)
を、観劇(於:風のスタジオ)。

今日12日(日)19:00からは、劇団トラブルカフェシアターの
「小津の國の妖術師」(作・演出:遠藤雄史)
を、観劇(於:もりげきタウンホール)。

ちょっとスケジュール的にいっぱいいっぱいだったので、
本当は芝居を観たいような精神的余裕はなかったのだが、
この二つだけはどうしても観ておきたかった。

もう5年以上も前になる(たぶん)が、
当時、盛岡のいくつかの高校演劇部の子たちと縁があり、
任意の「ID」という演劇集団
(高校生たちの演劇のユニットとでもいえばいいのか・・・)
の、まあ、なんというか下支えみたいなことをしていた。

集団の代表は高校生たち、メンバーも全部高校生たち。
でも、高校生だけで活動してるとイロイロ難しいことも多いから、
会議をするときの施設を借りる責任者になったりとか、
自分たちでうまくできないような、
書類作成とかの手続きとか、
知り合いの演劇人を呼んでワークショップをしてもらったりとか、
夜にガストでご飯食わせて話聞いたりとか、
まあ、そんなことをしていたのである。

で、活動が進むにつれ、このメンバーで公演がしたいと、
彼らが希望を持ち始めた。
ほんとであれば稽古場の問題とか、予算の問題とか、
学校や親の承諾とか、
どうにもならなかったところだが、
「おでって市民企画」という、助成のおりる企画に書類提出し、
(稽古場代と、ホール・機材使用料が無料)
「A  Little Snow Flower」という、
高校生のオリジナル台本による芝居を一本作った。

その時に、高校一年で参加していたのが、
現・マーブル局主宰のごう君である。

なので私は今でもごう君を見ると、
「あっ、ごう君、金髪!」と驚き(今は黒髪に戻った)、
「あっ、ごう君、タバコ吸ってる!」と驚き、
「あっ、ごう君、車運転してる!」と、いちいち驚く。

そして、今でもごう君は私に会うと、
最初に会ったときと同じように、
おびえたウサギのような瞳で(体型的には今やプレーリードッグ)
挙動不審な横ジグザグの動きをとりつつ、
「あぁっ・・・・・さわのさん・・・・・!」
と、おどおどしながら声をかけてくれる。

それにしても、あの時は本当に盛岡の演劇関係者をはじめ、
さまざまな方々にお世話になった。
聞いて驚け、ってなメンバーだが、
脚本指導には、架空の劇団のくらもちさん、
舞台監督指導には、劇団・風紀委員会の隆春さん、
照明指導には、演劇集団九月とアウラーの昌弘さん、
音響指導には、元・劇団ゼミナールの庄司さん、
舞台美術指導には、舞台美術家・彫刻家の長内先生、

その他にも、ワークショップや、稽古のアドバイスだとかに、
青森のハタサワさん(現・渡辺源四郎商店)、
劇団ゼミナールの斎藤さん、
現代時報の高村くんにも来ていただいた。
実行委員では、元劇団遊伎座の千佳さんに代表をお願いした。
アヤシイ団体と思われないために
お名前をお借りした方々も何人もいる。

公演も、たくさんの演劇人が観に来てくれた。
そして、観劇初体験の女子高生たちを大泣きさせて、
目を腫らして、鼻をぐずぐず言わせながら
会場を出てくる女子高生たちを見た、
ホール(3階)の下にある観光情報プラザのスタッフに、
「・・・さわのさん、一体、どんな芝居つくったの???」
と言われたのもなつかしい思い出だ。

そして、この芝居作りに一番心を砕いてくれたのが、
殺陣指導として何度も稽古場に足を運んでもらった、
劇団トラブルカフェシアター(TCT)の遠藤くんであった。

当時、高校生たちはTCTの芝居が大好きで、
作る芝居も、ものすごく影響を受けていたのである。
遠藤くんの協力がなかったら成り立たなかった舞台であった。

そんな二人が、同時期に公演をしている。
どちらも、けっこうな入りのお客さんである。
なんかこう、言葉にならない感慨があった。

不思議なことに、その後IDからTCTに入団した子はいない。
TCTのような舞台を今、作っている子もあまりいない。
みなそれぞれの仲間を見つけ、
自分たちの芝居を模索しているようである。

そしてTCTは、(けっこう外野の声があるとは思うがそれでも)
あの頃から揺るぐことなく、
当時のIDの高校生たちをときめかせた、
そして、自分たちの求める芝居を作り続けている。
なんといっても、構成劇団員の入れ代わりが少なく安定している。
お客さんの数も安定している。
すごいことだと思う。

ごう君の作る舞台は、学芸会を観る親気分ではない、
久しぶりに「2回観たい」と思った、若手の芝居だった。

そして、ほんとうに
「ああ、あの時むちゃくちゃ大変だったけど、
でもIDやって良かった・・・ごう君を高校一年から見てきて良かった」
と、芝居に対する感想と、
そんな感慨とがごちゃまぜに入り混じった、
なんだかよくわからない気分になった。

今度は月末に、ID出身の夏央里ちゃんや、
野村くんの作る舞台がある。
来年3月には、やはりID出身の前川さんが
旗揚げする劇団の公演がある。

ほんとうに、嬉しい。

あぁ、そういや私、いろんな男子高校・大学生たちと、
二人でご飯食べたりお茶飲んだりしてるけど、
ごう君と二人ではまだメシ食ったことはないなぁ。

******************************

ID公演については、この辺りの(↓)
私の古い日記を順に遡って読んでいただければ、
どういうものだったのかが少しお分かりいただけると思います。

http://www.kalium.net/zessan/diary/sawano/diary.cgi?date=2004.02.02

2008年10月7日火曜日

東北芸人検定

先日ご紹介したブログ「相馬弁研究所」(6月14日参照)
の影武者所長(架空の劇団のくらもちさんの大学時代の親友)から、
直々にケータイにメールをいただいた。

どうも、世を忍ぶ仮の姿での仕事先で異動があって、
それが極秘任務を帯びているので、
面白いこといっぱいあるのに、ブログで書けない!
・・・というストレスを、何故か私に訴えてこられるのである。

で、メールの最後には、
「・・・っつうゴドでオレが今日○○に来てゴド、
明日○○に行ぐゴドは絶対ナイショだど!」
と、書いてある。


しばし考える。


吉本の芸人が、泣いて「あっ、その話はしないで!」
と言うときは、翻訳すれば「そのネタでオレをいじって!」
と同義語である。

たけし軍団がちょうどプールの淵にいるときに、
殿に向かって「後ろから蹴らないでくださいね! 頼みますよ!」
と言うときは、「殿、どうか私をプールに蹴り入れて下さい」
と、殿に目で訴えているのである。


そこで、今回のメールである。


相手は、gooブログ東北ランキングで
いつもトップを誇る、芸人魂炸裂の影武者所長である。

これは、「お願い、さわののブログに書いて」
っていう、所長の心の叫びなのか?
私に、オレの芸人魂を理解しろと!

そうはいっても、所長の世を忍ぶ仮の姿は
意外とお堅い職業である。
これはかなりリスクの高いチャレンジだ。
芸人魂の不足するさわのは、
そんな上記の疑問を、真っ正直に所長に吐露した。
しばらくして、所長からこんなメールが届いた。


「絶対言うなよ!
絶対、くらもちになんか言うなよ!!」


そうですか、所長がそこまで言うなら・・・。

さて、そこでさわのがとった行動は、次のうちどれでしょう。
複数回答可(芸人検定4級問題)。


(1)真面目な東北人なので、言うとおり絶対に誰にもナイショにした。

(2)所長の芸人魂に感銘し、くらもちさんにだけは言った。

(3)文字通り、くらもちさんだけには言わなかった(他には広めた)。

(4)気づいたら、所長自らブログに書いてた。

******************************

そんな影武者所長の「相馬弁研究所」より、
さわののお奨め「相馬弁ヒットメドレ~」をどうぞ。↓

http://blog.goo.ne.jp/kage-yh7/c/1aff71f55dd980bace5b3315d451bb6f

「Let it be.(うるがしとげ)」
ほか名曲がたくさんです(笑)。

2008年10月5日日曜日

「尻に火がつく」を和英検索したら「the pressure is on」だって。

3週間ほどブログを更新してなかった割には、
「さわの、また入院か?」
という心配をされてなかったような気がするのは、
水面下では、かなり電話やメールや
打合せをしていたせいかもしれない。

家にケータイを忘れたまま仕事に出て、
「うわー、今日なんか大事なメールとか来てなきゃいいなー」
とか思いながら急いで家に帰ったのに、
一件も着信が入ってなかったりして、
それはそれでちょっと傷心モードだったりもする毎日を
ふだんは送っていたりもする、
ちょっぴりさびしんぼうな私にとって、
これだけ色々な連絡でメールが入り乱れている最近ってのは、
実はけっこう珍しい。

先月まで遊びすぎていたツケが回ってきました。
尻に火がついています。
ていうかもう、尻、大やけどです。

あぁ、まだ八幡平頂上(バスで)リベンジできてないのになぁ。
気仙沼か大船渡にさんまツアーも行ってないなぁ。
岩泉線今度は紅葉鑑賞ツアーもまだだしなぁ。
まだまだ遊び足りてない気もするんだけど、
って、そんな事言ったらいろんな人に怒られそうだなぁ。

今、メインで動いているのは、
来年一月の八時の芝居小屋のプロデュースと、
ちらし作成案件。

ほかに、随時「いわて演劇通信 感劇地図」の、
編集委員内ML連絡がまわっていて
(そろそろ次号発行されます!)、

あとは、元・盛岡自主制作映画祭代表(3代目?)の、
十文字さんが、進学した東京藝大大学院の映像専攻の、
修了展の映画製作のために、
今月の10日(11日だったかな?)から、
1週間から10日くらいかけて、
二戸で映画撮影をするんだそうで、
スケジュールの都合で一日しか協力できないんだけど、
これの映画制作隊の炊き出しに参加いたします。

これ、まだまだ炊き出しに人が足りないらしいんで、
15日から17日あたりにかけて、
丸々一日、二戸でご飯作るお手伝いしてもいいよ
っていう心優しい方は、さわのまでご連絡ください。
(あんまり知らない人まで来られると、
収拾がつかなくなるので、さわのの知り合い限定で募集)
ちなみに私は15日に参加します。

そして、12月14日には、東京の劇団「燐光群」さんが、
全国ツアーの一つに盛岡を入れてくださってて、
盛岡劇場メインホールで公演をされるのですが、
こちらの盛岡での制作協力隊として、
柏木さんと、劇団ゼミナールの睦さんと、
劇団香港活劇姉妹のあやぞうさんと一緒に、
盛岡公演の宣伝で陰ながらのお手伝いをいたします。

これらの連絡メールや着信が錯綜している今日この頃です。

今日、電話をいただいた燐光群の制作の古元さんから、
「さわのさん、よくケイタイのメールであれだけたくさん打ちますね」
と、しみじみ呆れられました。

あ。でもこのブログは、
今、日本で一番危険な場所の一つとも言われている、
漫画&ネットカフェで打っております。
焼き出されないように気をつけたいです。

漫画を一切読まず、オンラインゲームもせず、
ネットカフェでワードやエクセルしてる人ってのも
私くらいなものであろう。

2008年10月4日土曜日

大御所への道

来年1月にプロデューサーを担当する
もりげき八時の芝居小屋の打合せで、
今回演出を依頼した、架空の劇団のくらもちさんに
少し確認をとりたい事項がいくつかあったので、
架空の劇団の稽古前30分を
ちょっと都合して欲しいと連絡、
今日の18:30に、架空の劇団の稽古がある盛劇で
打合せをお願いした。

しかし、バイト帰りに盛岡駅方面から松尾町の盛岡劇場まで、
ちょっと時間が間に合わなかったので、
30分に「ちょっと遅れます」とメールしたら、
くらもちさんから、「おれもこれから出るから」と返信が。
30分ほど遅れて到着したくらもちさんは、

「いや~、家族でバーベキューしてて、うっかりしてたよー」
「稽古あるのに、うっかりビール飲んじった!」

などとごきげんでほろ酔い登場。
そして、言っててはたと自分で気づいたらしい。


「・・・・・酒飲んで、稽古に遅れてくるって、
俺、こんさんみたいじゃん!!」


こんさんとは、その昔、劇団天井桟敷で、
寺山修司の最後の弟子(たしか)だったと言われる、
岩手の大御所の劇作家・おきあんごさんのことである。

そして「こないだ、こんさん見たよ」という目撃情報は、
大方が八幡町界隈の飲み屋さんエリアで、
だいたいがいつもいい感じに酩酊されていらっしゃるお方である。
というか、飲み屋さんじゃなくても会うとたいていほろ酔いである。

もう御大として落ち着いててもおかしくないのに、
披露宴の出し物とかでは、
全身黒タイツを着て、江頭の真似とかしているような、
若手演劇人にも大いに愛されている大御所である。

しかし、愛されているのと
本人に似ちゃいたいかどうかは別問題らしい。

「やばい。気をつけないと、こんさんになっちゃうぞ、俺」

くらもちさんもそろそろ、
岩手演劇界の大御所街道まっしぐら。
それはそれでまあ、めでたいんじゃないっすかね。


あ。打合せはちゃんとできましたよ。

2008年10月3日金曜日

主治医の告白

医大の定期外来日。
診察室に入ると、先生が
でかい医療用マスクをしていた。

さわの 「先生、風邪ですか?」
A孫子 「違うよ」
さわの 「あ。外来ではマスク着用が義務付けられたとか
     (↑ なんでだよ)」
A孫子 「いや、ちょっと具合悪いだけ」

あまり触れられて欲しくないようなので、
ふーん、と思いスルーしつつ、
だったら今日はあまりムダ話をしないようにしようと
思いながら診察を受けていたのだが、
(↑ 医者の体調を気遣う患者ってどうよ?)
やはり、ねぇ、そのマスクは気になるじゃないですか。

さわの 「・・・ほんとに大丈夫なんですか?」
A孫子 「ん。ただの二日酔いだから」


二日酔いかよ!


という事は、そのマスクは酒臭い息バレ防止だったのか。
ていうか、そんなに飲んだのか?

さわの 「え、先生、普段お酒飲むヒマあるんですか。
      (深夜に患者の様態急変とかで呼ばれない?)」
A孫子 「飲まなきゃ、やってられないんだよ!(笑)」


さわやかな笑顔と声で、
患者にそんな告白をしないで下さい。

ちなみに、夜に病院から呼び出されたりすることは
あまりないんだそうです。
なので患者の皆さん、様態が急変しても
主治医が酔っ払って現れて
処置することはありませんのでご安心ください
(でも滅多に主治医呼び出さないなら、
逆に当直の先生は一人で大変だね)。

このカテゴリーは「闘病ブログっぽい」
という名前をつけていたのだが、
そろそろ「お医者さんって、大変よね」という名称に
変更したほうがいいような気もする今日この頃である。
(ぜんぜん闘病してないし、私)

でも先生は、二日酔い診療の方が、
いつもより陽気だ。