いつも読んでいる石井ゆかりさんの週占いで、
http://d.hatena.ne.jp/weekly/searchdiary?word=%2a%5b%a4%aa%a4%c8%a4%e1%ba%c2%5d
今週は、
* * * * *
とても躍動的な時期です。
動力機関に燃料がどんどん注ぎ込まれているような、
ゆたかで活動的なタイミングです。
この活動的な雰囲気は、
不思議なことに
貴方の心の奥深くに潜んでいる怒りとか不安、
誰かへの競争心であるようなのです。
誰もが心の片隅に
ちいさな怒りを抱えて生きているのかもしれません。
理不尽な言葉を聞いてもぐっと気持ちを抑えたり、
言い返したいところをこらえたり、
いくら説明しても解ってもらえないことに
爆発的なもどかしさを感じたり、
世の中の矛盾を見ていても
何もできなかったりしたときの
小さな、でも根深い怒りを
だれもが心の奥底に
隠し持っているのではないかと思うのです。
そうした小さな怒りは
ネガティブな面ばかりではありません。
心に秘めた怒りが、大きなチャンスと結びついて
劇的な「前進力」に変わる場合も、
結構あるんだろうと思います。
* * * * *
と、書いてあったので、
今週は小さな怒りや不安を感じるのか、
やだな・・・
と、思っていたのですが、
一つ前のブログを書き起こして見て、
今にして思えば、なんとなく、
当たっているような気がしなくもなく。
ていうか、これ以上の小さな怒りや不安は
発生しないで欲しい・・・。
謎の企画ユニット「盛岡絶賛系」主宰、いわて演劇通信「感劇地図」編集委員、もりげき八時の芝居小屋制作委員、ときどき「自称」敏腕プロデューサーの無節操かつミーハー地方都市ライフ。 日記と銘打ち、ココロの師匠は「ほぼ日」と言いながら、実際は「週刊コラム」な長さと更新頻度です。
2011年10月3日月曜日
愚痴あたり
我が家がただ今、認知症の父を抱える
介護一家であることを
以前にブログに書きましたが、
ここ2週間ばかりの間は、そういうことにまつわる
スケジュールが続いてました。
市への介護認定の新規申請は今回で3度目です。
なんでそんなことになってたかというと
(更新を続けてなかったかというと)、
まあ、なんというか、女手が2人あると、
なんとなくテキトーにどうにかなっちゃうんですよね。
これがたぶん、高齢者一人暮らしだとか、
同居してる人が仕事などで一日家にいないとか、
サービスをどうしても頼まざるを得ない環境だと、
認定によるサービス利用が
必要でしょうがなくて続いてくんだと思うんですよ。
最初は、私もそうでした。
仕事でめちゃくちゃ忙しいときに、
母が脳梗塞で入院し、
その時に父と二人だけで過ごしてみて
父の認知症がわかりました。
それまではもう、
朝に家を出たら仕事で夜遅くまで帰ってこないし、
さっさと風呂入って酒飲んで寝るし
(超ストレス生活でした)
もしくは午後まで寝て、
起きたらどっかに出かけてるし、
全く家の事に無頓着でした。
それで慌てて、市の女性センターに相談し、
市役所に出向き、地域の介護センターに相談し、
昼のお弁当宅配サービスも調べたり、
病院連れてって診断してもらったり、
当時は、一気に進めることができました。
がしかし、父がケアサービスに行くのをものすごく嫌がり、
行く日の朝になると
ものすごく大騒ぎをする事に消耗してたころに、
母が梗塞の症状が軽くて済んで、
あまり後遺症も残らないで帰ってきたため、
無理して父を刺激させて消耗することもないなあと
(まだそんなに重い症状な時期でもなかったので)、
そのケアサービスをやめてしまいました。
それから数年後にも、別のケアサービスを、
親戚から無理やり紹介され、介護申請をしたのですが、
これまた、特にやってもらうこともないよなぁ
(廊下に手すりをつけたらとか、
風呂場を改築しろとかそんな話ばかりで)
と、うやむやになって申請をやめてここ最近。
よく、例えとして、
熱湯に急にカエルを入れると鍋から飛び出すけど、
水から入れておくと、熱湯に入ってることに気づかずに
そのまま茹で上がってしまうなんて事を言いますが、
まさにうちがそんな感じでした。
徐々に、徐々にゆっくりと状況が悪化していくと、
どの時点で助けを呼べばいいのかわからない、
というか、
自分たちがそんなに大変な介護をしている
という認識を持たずにきてしまうのですね。
まあ、認知症ってのはこんなものなんだろうと。
このまま、老衰までこんな感じで
面倒見ることになるんだろうと。
母は昔の人なんで、自宅で誰の世話も受けず
自分たちだけで看取るのが当たり前と思ってるし
(その割には自分でやらないけど)
知らない人の世話にはなりたくないと思う人だし。
でまあ、ちょっとワタクシ、そろそろ限界かも。
ていうか、このままでは
八芝のプロデューサーしてる余裕はないわ。
仕事もできないわ。お金もないわ。
ていうか、今度私が入院したら我が家崩壊。
もちろん、母が倒れても崩壊。
よし、弱音を吐く方向転換をするぞ!
はちしば本番がくる前に、デイケアサービスとか
ショートステイサービスとか、
どっかに頼める環境を作っておかないと。
と思って再申請のために、
以前にお願いしたケアセンターの人に電話して、
状況を話してみると、
あ。うちって、大変なのね。
という厳然たる事実に打ちのめされ、
今度は、「やることが遅いんだよ!」という事に
ひどく落ち込みます。
私たちのしてきた苦労は、何の役にも立ってません。
さっさと、人(制度)に甘えろと。
これまでは無駄な苦労だったと。
で、先日、ケアマネージャーさんが帰った後、
ひどく落ち込んでたら、
めずらしく妙に母が私に気を遣って優しかったという。
そしてあっという間に、
市の高齢福祉課(かな?)の人の
介護認定調査がやってきたり、
介護タクシーを呼んで(往復5000円超(泣))、
急ぎでかかり付け医に出向いて
書類作成してもらったり、
ついでに母も一緒に申請しちまえという日々で、
その都度、書類作成用に
毎回何度も違う人に向けて最初から
冷静な愚痴を語り続けていたら、
昨日は食あたりならぬ、愚痴あたりになり
寝込んでました。
愚痴ってさぁ、短期間に
一気にいい続けてると気が滅入るね。
「だけどぼくらはくじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃおう」
ほんとうにそんな精神でいきたいけど、
こういうこともどっかでバランスをとらないと
いけないのであるなぁ。
時々、ガス抜きってやっぱ必要なのでしょうね。
そんなに人間って、強い生き物ではない。
そのガス抜きの方法が何がいいのか、
まだよくわかってないのですが。
ていうか、こうしてここに書いていることが
私にとってのガス抜きなのかもしれませんが。
実は意外と周囲に自宅介護に関っている人って
いるんだけど、そういう話って
なかなかしないですよね。
ま、しても相手にひかれちゃいそうだしね。
そのときだけでも忘れていたいってのもあるしね。
でも、どうにかできることってないのかなぁ、
しかも、気楽な感じに。
というようなことを考えたりもします。
この状況を、どうにか楽しめないものか。
自分の病気ネタと違って、
こちらはなかなか難問です。
と、いうことでもうちょっとしたら、ワタクシも
少し身辺がここ最近よりは落ち着くと思います。
お願い、誰か、かまって。
だが、金は無い。
介護一家であることを
以前にブログに書きましたが、
ここ2週間ばかりの間は、そういうことにまつわる
スケジュールが続いてました。
市への介護認定の新規申請は今回で3度目です。
なんでそんなことになってたかというと
(更新を続けてなかったかというと)、
まあ、なんというか、女手が2人あると、
なんとなくテキトーにどうにかなっちゃうんですよね。
これがたぶん、高齢者一人暮らしだとか、
同居してる人が仕事などで一日家にいないとか、
サービスをどうしても頼まざるを得ない環境だと、
認定によるサービス利用が
必要でしょうがなくて続いてくんだと思うんですよ。
最初は、私もそうでした。
仕事でめちゃくちゃ忙しいときに、
母が脳梗塞で入院し、
その時に父と二人だけで過ごしてみて
父の認知症がわかりました。
それまではもう、
朝に家を出たら仕事で夜遅くまで帰ってこないし、
さっさと風呂入って酒飲んで寝るし
(超ストレス生活でした)
もしくは午後まで寝て、
起きたらどっかに出かけてるし、
全く家の事に無頓着でした。
それで慌てて、市の女性センターに相談し、
市役所に出向き、地域の介護センターに相談し、
昼のお弁当宅配サービスも調べたり、
病院連れてって診断してもらったり、
当時は、一気に進めることができました。
がしかし、父がケアサービスに行くのをものすごく嫌がり、
行く日の朝になると
ものすごく大騒ぎをする事に消耗してたころに、
母が梗塞の症状が軽くて済んで、
あまり後遺症も残らないで帰ってきたため、
無理して父を刺激させて消耗することもないなあと
(まだそんなに重い症状な時期でもなかったので)、
そのケアサービスをやめてしまいました。
それから数年後にも、別のケアサービスを、
親戚から無理やり紹介され、介護申請をしたのですが、
これまた、特にやってもらうこともないよなぁ
(廊下に手すりをつけたらとか、
風呂場を改築しろとかそんな話ばかりで)
と、うやむやになって申請をやめてここ最近。
よく、例えとして、
熱湯に急にカエルを入れると鍋から飛び出すけど、
水から入れておくと、熱湯に入ってることに気づかずに
そのまま茹で上がってしまうなんて事を言いますが、
まさにうちがそんな感じでした。
徐々に、徐々にゆっくりと状況が悪化していくと、
どの時点で助けを呼べばいいのかわからない、
というか、
自分たちがそんなに大変な介護をしている
という認識を持たずにきてしまうのですね。
まあ、認知症ってのはこんなものなんだろうと。
このまま、老衰までこんな感じで
面倒見ることになるんだろうと。
母は昔の人なんで、自宅で誰の世話も受けず
自分たちだけで看取るのが当たり前と思ってるし
(その割には自分でやらないけど)
知らない人の世話にはなりたくないと思う人だし。
でまあ、ちょっとワタクシ、そろそろ限界かも。
ていうか、このままでは
八芝のプロデューサーしてる余裕はないわ。
仕事もできないわ。お金もないわ。
ていうか、今度私が入院したら我が家崩壊。
もちろん、母が倒れても崩壊。
よし、弱音を吐く方向転換をするぞ!
はちしば本番がくる前に、デイケアサービスとか
ショートステイサービスとか、
どっかに頼める環境を作っておかないと。
と思って再申請のために、
以前にお願いしたケアセンターの人に電話して、
状況を話してみると、
あ。うちって、大変なのね。
という厳然たる事実に打ちのめされ、
今度は、「やることが遅いんだよ!」という事に
ひどく落ち込みます。
私たちのしてきた苦労は、何の役にも立ってません。
さっさと、人(制度)に甘えろと。
これまでは無駄な苦労だったと。
で、先日、ケアマネージャーさんが帰った後、
ひどく落ち込んでたら、
めずらしく妙に母が私に気を遣って優しかったという。
そしてあっという間に、
市の高齢福祉課(かな?)の人の
介護認定調査がやってきたり、
介護タクシーを呼んで(往復5000円超(泣))、
急ぎでかかり付け医に出向いて
書類作成してもらったり、
ついでに母も一緒に申請しちまえという日々で、
その都度、書類作成用に
毎回何度も違う人に向けて最初から
冷静な愚痴を語り続けていたら、
昨日は食あたりならぬ、愚痴あたりになり
寝込んでました。
愚痴ってさぁ、短期間に
一気にいい続けてると気が滅入るね。
「だけどぼくらはくじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃおう」
ほんとうにそんな精神でいきたいけど、
こういうこともどっかでバランスをとらないと
いけないのであるなぁ。
時々、ガス抜きってやっぱ必要なのでしょうね。
そんなに人間って、強い生き物ではない。
そのガス抜きの方法が何がいいのか、
まだよくわかってないのですが。
ていうか、こうしてここに書いていることが
私にとってのガス抜きなのかもしれませんが。
実は意外と周囲に自宅介護に関っている人って
いるんだけど、そういう話って
なかなかしないですよね。
ま、しても相手にひかれちゃいそうだしね。
そのときだけでも忘れていたいってのもあるしね。
でも、どうにかできることってないのかなぁ、
しかも、気楽な感じに。
というようなことを考えたりもします。
この状況を、どうにか楽しめないものか。
自分の病気ネタと違って、
こちらはなかなか難問です。
と、いうことでもうちょっとしたら、ワタクシも
少し身辺がここ最近よりは落ち着くと思います。
お願い、誰か、かまって。
だが、金は無い。
生音楽week
先月20日の大雨の日(首都圏が台風で混乱の前日)に
cartaさんにお茶を飲んで手紙を書きにいったら、
昨年cartaさん主催のライブを行ってた、
(昨年6月末か7月初めくらい?)
青木隼人さんが、ゲリラライブというか、
喫茶店内で生BGMの如く
生ギター演奏をしているのに出くわした。
ほぼゲリラライブ的でしかも雨の日ということもあり、
ごくごく少人数のお客さんと共に、
僥倖の時間を過ごさせていただいた。
なんとも贅沢なひとときだった。
その週の25日は、盛岡の大きな音楽イベント
いしがきミュージックフェスティバル。
気力的にカツカツな日々を送っていたので、
色々街なかを歩き回るだけの体力は
なさそうだなあと思いつつも、
昨年、はちしばでお世話になった
RYUDENの龍大さんのライブに
最近全く行けてないので、
これくらいはどうしても聴いておきたい、
せっかくの年一度のミュージックフェスだし、
と思い、携帯でタイムスケジュールを検索して、
MOSSビルステージに聴きに行った。
ステージ真横で、久々の龍大さんのライブを
しみじみ聴いていると、
ラヂオもりおかのY田さんと出くわしたので、
「今日、これだけたくさんあるライブの中で
RYUDENに来たんですか」
と、驚いて尋ねると、
「RYUDENと次のキセルのこの流れ、オススメです!」
と、熱く語って去っていったので、
MOSSビルステージのトリだったキセルも、
全然どういう人たちか知らないのに
ついつい、聴いてきてしまった。
ファンの皆さんスミマセン。こんなのが聴いてて。
すごく人気のミュージシャンなのですね。
とてもいいライブでした。
そんなこんなで、やっぱりせっかくの
いしがきミュージックフェスティバル。
甲斐よしひろ以外は毎年ずっと、
フェスの大トリは必ず聴いて満足してるので、
やっぱりちょっとは参加したいなぁと、
いったん家に戻って、父のオムツを換え、
シーツを洗濯機に入れた後、一息入れて
岩手公園のISHIGAKIステージに向かい、
19:05からのBRAHMANのライブも聴いて来た。
さすがに疲れた。
今年の私の気力体力では、
キセルをマイ・大トリにしとけばよかった。
でも、ちょっとだけでも
いしがきが堪能できて満足。
図らずもこの週は生の音楽を4つも
(しかも全然違うタイプ)
本当に、本当に久しぶりに味わうことができた。
しかも、全部タダ。
ビバ! タダライブ!!
これで日々の疲れが根こそぎ無くなったわけではないし、
明日もがんばって生きようとか、生きられるとか、
私はこれで人生が変わりましたとか、
殊勝なことを考えてたわけでもないのだが、
それでもやはり、
音楽は人生に欠かすことのできない
重要な一部であるなぁと、
ぼんやりと考える今日この頃である。
最近、本当に音楽を聴いていなかったことに気づいた。
いしがき初年度のGANGA ZUMBAあたりを
もう一度いしがきフェスで聴きたいなぁ。
cartaさんにお茶を飲んで手紙を書きにいったら、
昨年cartaさん主催のライブを行ってた、
(昨年6月末か7月初めくらい?)
青木隼人さんが、ゲリラライブというか、
喫茶店内で生BGMの如く
生ギター演奏をしているのに出くわした。
ほぼゲリラライブ的でしかも雨の日ということもあり、
ごくごく少人数のお客さんと共に、
僥倖の時間を過ごさせていただいた。
なんとも贅沢なひとときだった。
その週の25日は、盛岡の大きな音楽イベント
いしがきミュージックフェスティバル。
気力的にカツカツな日々を送っていたので、
色々街なかを歩き回るだけの体力は
なさそうだなあと思いつつも、
昨年、はちしばでお世話になった
RYUDENの龍大さんのライブに
最近全く行けてないので、
これくらいはどうしても聴いておきたい、
せっかくの年一度のミュージックフェスだし、
と思い、携帯でタイムスケジュールを検索して、
MOSSビルステージに聴きに行った。
ステージ真横で、久々の龍大さんのライブを
しみじみ聴いていると、
ラヂオもりおかのY田さんと出くわしたので、
「今日、これだけたくさんあるライブの中で
RYUDENに来たんですか」
と、驚いて尋ねると、
「RYUDENと次のキセルのこの流れ、オススメです!」
と、熱く語って去っていったので、
MOSSビルステージのトリだったキセルも、
全然どういう人たちか知らないのに
ついつい、聴いてきてしまった。
ファンの皆さんスミマセン。こんなのが聴いてて。
すごく人気のミュージシャンなのですね。
とてもいいライブでした。
そんなこんなで、やっぱりせっかくの
いしがきミュージックフェスティバル。
甲斐よしひろ以外は毎年ずっと、
フェスの大トリは必ず聴いて満足してるので、
やっぱりちょっとは参加したいなぁと、
いったん家に戻って、父のオムツを換え、
シーツを洗濯機に入れた後、一息入れて
岩手公園のISHIGAKIステージに向かい、
19:05からのBRAHMANのライブも聴いて来た。
さすがに疲れた。
今年の私の気力体力では、
キセルをマイ・大トリにしとけばよかった。
でも、ちょっとだけでも
いしがきが堪能できて満足。
図らずもこの週は生の音楽を4つも
(しかも全然違うタイプ)
本当に、本当に久しぶりに味わうことができた。
しかも、全部タダ。
ビバ! タダライブ!!
これで日々の疲れが根こそぎ無くなったわけではないし、
明日もがんばって生きようとか、生きられるとか、
私はこれで人生が変わりましたとか、
殊勝なことを考えてたわけでもないのだが、
それでもやはり、
音楽は人生に欠かすことのできない
重要な一部であるなぁと、
ぼんやりと考える今日この頃である。
最近、本当に音楽を聴いていなかったことに気づいた。
いしがき初年度のGANGA ZUMBAあたりを
もう一度いしがきフェスで聴きたいなぁ。
2011年9月22日木曜日
そういえば、part2
今年の
チャグチャグ馬コ、さんさ踊り、舟っこ流し
の3つの盛岡観光イベントで、
全く何の待ち合わせもしていないのに
偶然街でバッタリ会ったpropの那須さんと、
とうとう秋祭りの山車では出会わなかった。無念だ。
(ていうか、今回は出歩かなかったな、私)
次は一月の初詣か裸参りを期待。
あとなんかなかったっけ?お祭りとかって。
クリスマスイブとかどうっすか(←お祭りなのか?)。
しかも偶然って・・・。
そんな那須さんは、内丸にprop roomという、
子どもの美術あそびスペースを作りました。
詳細はこちら(↓)
http://play-prop.com/
そのうち、大人の美術あそびイベントも
企画してほしいなあ。
私が以前にpropワークショップで遊んでる様子は、
過去ブログから気合いで探し出して読んでください。
いくつか参加してますけど、面白いですよ。
チャグチャグ馬コ、さんさ踊り、舟っこ流し
の3つの盛岡観光イベントで、
全く何の待ち合わせもしていないのに
偶然街でバッタリ会ったpropの那須さんと、
とうとう秋祭りの山車では出会わなかった。無念だ。
(ていうか、今回は出歩かなかったな、私)
次は一月の初詣か裸参りを期待。
あとなんかなかったっけ?お祭りとかって。
クリスマスイブとかどうっすか(←お祭りなのか?)。
しかも偶然って・・・。
そんな那須さんは、内丸にprop roomという、
子どもの美術あそびスペースを作りました。
詳細はこちら(↓)
http://play-prop.com/
そのうち、大人の美術あそびイベントも
企画してほしいなあ。
私が以前にpropワークショップで遊んでる様子は、
過去ブログから気合いで探し出して読んでください。
いくつか参加してますけど、面白いですよ。
ためしにひとつ甘えてみる。
岩手県立美術館でやってる
アートのチカラ、いわてのタカラ展
http://www.ima.or.jp/exhibition/2011.html
まだ見に行けてなーい!!
誰か車に乗せてって・・・。今月28日までなの。
アートのチカラ、いわてのタカラ展
http://www.ima.or.jp/exhibition/2011.html
まだ見に行けてなーい!!
誰か車に乗せてって・・・。今月28日までなの。
フレデリックになるのって難しい
さて、再びブログ書きの日にちがあいておりました。
申し訳ございません。
特に入院していたわけでも、
ツイッターに移行していたわけでもありません。
(人のは読んでるけど)
精神的にちょっと今は厳しいなぁ
という時は、
その気持ちをブログに書いても
読む人が気持ちよくならないなあと
書くのを休むときが多いのですが、
たまには甘えさせてください。
甘え下手な一人っ子です。
どうか私に甘え方を教えてください。
さて、私は父が歳をとってからの娘なので、
父は80歳をとうに過ぎているのですが、
ただ今、重い認知症を患っております。
今はほぼ寝たきりに近い状態です。
最初に気づいて病院に連れて行ってからは
6年くらいでしょうか。
自宅介護って、キツいね。
自分の病気のことであれば、いくらでも
「これ、ネタになるなあ」
と思ってしまうほうで、
人から思われるほど、
書いてるネタに対しては
自分が大変だなあとは思わないし、
どう笑わせてやろうかと思うのですが、
肉親事となると、全く手も足も出ない。
ほんと、もしその気になれば、
ネタの宝庫なわけですよ。
ドリフのコントかよ!
とツッコミたくなるような、
ベタなボケの華麗な数々。
ていうか、志村けんもマネはできないな。
そして、お食事時であれば、
読むのを今すぐお止めください!
というようなビロウな話は尽きません。
書かないけど。
他人から見ればスラップスティックな
ギャグの連続の毎日なのですが、
それが現実であり、毎日おこっていると、
ちょっと精神的にこたえてくるわけです。
それが、ここ数ヶ月くらいのところ特に。
ということで以前に
市の介護認定を受けたけど、
使い方がよくわからなくて
(うちのような母と私と二人いる場合、
何を頼めばいいかわからなくて)
更新をやめてたものをもう一度復活させて、
何か今度は手伝ってもらいたいと
ケアマネージャーさんに自宅に来てもらい、
今日、再度の書類申請手続きをしてもらうために、
話を聞いてもらったのですが、
「こりゃ大変だ!」
とばかりに泡をくって帰っていきました。
うちって、そんな大変な状況だったのね・・・。
そういう日々が続いていたために、
最近、私みたいな人が
心から楽しいと思えるようなものって
一体、何なのだろうということを
ずっと考えていました。
おそらく、こういう環境に
おかれるようになる人って、
これから先、もっと増えていくと思うのですね。
特に岩手なんかはね。
昨年、八時の芝居小屋の
舞台のプロデュースをしたとき、
とてもお世話になった方に
御招待券を送ったところ、
母親の介護をしているため行かれないことと
最近体調を崩し気味である旨の
とても申し訳なさそうな文面の
お詫びのお手紙が届き、
ああ、こういう方にこそ見ていただきたい、
と、切に思いました。
でも、実際自分はどうかというと、
やはり難しいわけですよね。
何がつらいって、あまりに楽しい時間を過ごした後、
自宅に帰った時の、現実とのこの落差!
この落差によけいやられちまったりするわけです。
ああ、なんて私は今、つらいのだろうということに。
そして、実際問題としてやはり、
出歩く制限は確実にあるし。
まあ、かといってテレビの
介護ドキュメンタリーなんか、
身に刺さりすぎて見たくないですが。
求めているのは、被災地なんかでもそうだけど、
やっぱ、「共感」なのかな。
話を聴いてもらったり、お互い話し合って、
「大変だったね」って言われること。
それから、人から求められること。
家で現実と向かい合ってじっとしていると、
本当に世の中から忘れ去られていくような、
誰からも存在を求められていないような
気持ちが芽生えてきます。
介護だけじゃなく、子育てで仕事を辞めて
家にいる人なんかもそうなったりしますね。
ツイッターで繋がることが
これだけ驚異的に広がりを見せたことも、
なんとなくわかる気もします。
逆に私は、この環境下では
かなりのめり込んでしまいそうで
それも、ツイッターに手を染めない
理由のうちのひとつです。
そして、こういう環境下で芝居を打つって、
ものすごく「意味」というものを
逆に考えてしまいます。
わざわざ、その場所にまで赴くエネルギーを、
人からいただくということ。
それはもしかしたらお金よりも
ものすごく、尊いものであるということ。
いやー私は、はちしば1月、
何をやったらいいだろうねぇ。
(↑今頃何を)
ちょっとずつ、ちょっとずつ
進めているところですけどね、こちらは。
ということで今後、
介護にまつわる話も
ここでしていくかもしれません。
もしかしたら、これを
読んでくださっている方の中にも、
「実はうちもね・・・」っていうかたが、
いるかもしれません。
そういう方の身体と気が楽になるような事も
書ければいいなあと思います。
そして、私の友人知人の皆様方。
時々、オフの場で愚痴るときも
あるかもしれませんが、
生暖かい目で、じとっと見守って
くださいませぬでしょうか。
(もうすでに知ってる人は知ってますけど)
あー、あとね、
「さわのさん、大変そうだから声かけんのやめとこ」
って思わないでね。
それは、さみしーのぉぉぉ!!!
もしかしたら行けないかもしれないけど、
お試しで、声はこれまでどおりにかけて下さい。
お願い。さびしんぼうなの。
そんなわけで、これから、
介護界の炭鉱のカナリアでもあり、
できれば、光の射す方向を見つけたカナリア
にもなりたいなと思う、今日この頃です。
ちょっとヘタレですけども。
申し訳ございません。
特に入院していたわけでも、
ツイッターに移行していたわけでもありません。
(人のは読んでるけど)
精神的にちょっと今は厳しいなぁ
という時は、
その気持ちをブログに書いても
読む人が気持ちよくならないなあと
書くのを休むときが多いのですが、
たまには甘えさせてください。
甘え下手な一人っ子です。
どうか私に甘え方を教えてください。
さて、私は父が歳をとってからの娘なので、
父は80歳をとうに過ぎているのですが、
ただ今、重い認知症を患っております。
今はほぼ寝たきりに近い状態です。
最初に気づいて病院に連れて行ってからは
6年くらいでしょうか。
自宅介護って、キツいね。
自分の病気のことであれば、いくらでも
「これ、ネタになるなあ」
と思ってしまうほうで、
人から思われるほど、
書いてるネタに対しては
自分が大変だなあとは思わないし、
どう笑わせてやろうかと思うのですが、
肉親事となると、全く手も足も出ない。
ほんと、もしその気になれば、
ネタの宝庫なわけですよ。
ドリフのコントかよ!
とツッコミたくなるような、
ベタなボケの華麗な数々。
ていうか、志村けんもマネはできないな。
そして、お食事時であれば、
読むのを今すぐお止めください!
というようなビロウな話は尽きません。
書かないけど。
他人から見ればスラップスティックな
ギャグの連続の毎日なのですが、
それが現実であり、毎日おこっていると、
ちょっと精神的にこたえてくるわけです。
それが、ここ数ヶ月くらいのところ特に。
ということで以前に
市の介護認定を受けたけど、
使い方がよくわからなくて
(うちのような母と私と二人いる場合、
何を頼めばいいかわからなくて)
更新をやめてたものをもう一度復活させて、
何か今度は手伝ってもらいたいと
ケアマネージャーさんに自宅に来てもらい、
今日、再度の書類申請手続きをしてもらうために、
話を聞いてもらったのですが、
「こりゃ大変だ!」
とばかりに泡をくって帰っていきました。
うちって、そんな大変な状況だったのね・・・。
そういう日々が続いていたために、
最近、私みたいな人が
心から楽しいと思えるようなものって
一体、何なのだろうということを
ずっと考えていました。
おそらく、こういう環境に
おかれるようになる人って、
これから先、もっと増えていくと思うのですね。
特に岩手なんかはね。
昨年、八時の芝居小屋の
舞台のプロデュースをしたとき、
とてもお世話になった方に
御招待券を送ったところ、
母親の介護をしているため行かれないことと
最近体調を崩し気味である旨の
とても申し訳なさそうな文面の
お詫びのお手紙が届き、
ああ、こういう方にこそ見ていただきたい、
と、切に思いました。
でも、実際自分はどうかというと、
やはり難しいわけですよね。
何がつらいって、あまりに楽しい時間を過ごした後、
自宅に帰った時の、現実とのこの落差!
この落差によけいやられちまったりするわけです。
ああ、なんて私は今、つらいのだろうということに。
そして、実際問題としてやはり、
出歩く制限は確実にあるし。
まあ、かといってテレビの
介護ドキュメンタリーなんか、
身に刺さりすぎて見たくないですが。
求めているのは、被災地なんかでもそうだけど、
やっぱ、「共感」なのかな。
話を聴いてもらったり、お互い話し合って、
「大変だったね」って言われること。
それから、人から求められること。
家で現実と向かい合ってじっとしていると、
本当に世の中から忘れ去られていくような、
誰からも存在を求められていないような
気持ちが芽生えてきます。
介護だけじゃなく、子育てで仕事を辞めて
家にいる人なんかもそうなったりしますね。
ツイッターで繋がることが
これだけ驚異的に広がりを見せたことも、
なんとなくわかる気もします。
逆に私は、この環境下では
かなりのめり込んでしまいそうで
それも、ツイッターに手を染めない
理由のうちのひとつです。
そして、こういう環境下で芝居を打つって、
ものすごく「意味」というものを
逆に考えてしまいます。
わざわざ、その場所にまで赴くエネルギーを、
人からいただくということ。
それはもしかしたらお金よりも
ものすごく、尊いものであるということ。
いやー私は、はちしば1月、
何をやったらいいだろうねぇ。
(↑今頃何を)
ちょっとずつ、ちょっとずつ
進めているところですけどね、こちらは。
ということで今後、
介護にまつわる話も
ここでしていくかもしれません。
もしかしたら、これを
読んでくださっている方の中にも、
「実はうちもね・・・」っていうかたが、
いるかもしれません。
そういう方の身体と気が楽になるような事も
書ければいいなあと思います。
そして、私の友人知人の皆様方。
時々、オフの場で愚痴るときも
あるかもしれませんが、
生暖かい目で、じとっと見守って
くださいませぬでしょうか。
(もうすでに知ってる人は知ってますけど)
あー、あとね、
「さわのさん、大変そうだから声かけんのやめとこ」
って思わないでね。
それは、さみしーのぉぉぉ!!!
もしかしたら行けないかもしれないけど、
お試しで、声はこれまでどおりにかけて下さい。
お願い。さびしんぼうなの。
そんなわけで、これから、
介護界の炭鉱のカナリアでもあり、
できれば、光の射す方向を見つけたカナリア
にもなりたいなと思う、今日この頃です。
ちょっとヘタレですけども。