2007年1月25日木曜日

新さわのの入院日記 第19夜

目下の悩みは、呼び方である。

お医者さんの事はたいてい
「A孫子先生」とか「N沼先生」というように、
名前で呼んでいるのだが、
(ナースステーションに行って、ただ「先生!」と呼びかけても、
みんな「先生」なので、
呼んだ先生に気付いてもらえない)

看護師さんは毎日担当が変わるので、
いちいち名前を憶えにくい。
しかも普段は「あのー・・・」とか
「すいません」と声をかけている。

でも、かれこれもう3週間弱。

いい加減顔と名前を一致させようと、
密かに名札をチェックしていて、
何人か、よく担当となる看護師さんの名前は憶えたのだが、
今度は使うときがない。

今さら3週間近くも経って看護師さんも
名前で呼ばれたら驚くであろう。
でも、今一つ看護師さんと
ハラを割ってぶっちゃけた話ができないのは、
この「看護師さんを名前で呼ばない」せい
ではないだろうかと密かに考えているところである。

このフロアに不足しているのは、「笑い」だ!
(ま、病院だし・・・)

あと、この「看護師さん」という名称。どうにもまだ慣れない。
ついつい「かんごふさん」と呼んでしまう。
今日も廊下で看護師さんが「市長!」と呼ぶ声がしたので、
谷藤市長が来てるのか?! 
と、一瞬考えたが、
どう考えてもそれは「(看護)師長!」であった。

もう病院に「婦長さん」は存在しない。
男性の師長さんというのも、もう誕生しているそうですね。

2007年1月24日水曜日

新さわのの入院日記 第18夜

点滴の針を刺しているところから、
血が少し吹き出てかたまっているようになった。

看護師さんによると、長いことつけっぱなしにしているので、
刺しているところの皮膚がだんだん広がってきて、
中の血が外に出てしまったためらしい。

「別なところに刺しなおしますか? もう、2週間以上経ちますもんね」
と看護師さんに聞かれ、恐る恐る聞く。

さわの「・・・A孫子先生は点滴の針刺すの、上手いですか?」

どう答えていいものか唸る看護師さんに
なおもしつこく聞く。

さわの「じゃあ、じゃあ、A孫子先生とN沼先生どっちが上手いですか?」
看護師「・・・まあ、先生を信じて」

そう、採血の注射などは看護師さんの仕事だが、
点滴はお医者さんの仕事である。
今まで、即入院の朦朧とする意識の中で、
何度恐ろしい目に遭ってきたことか。
しかも、一般病棟の先生なんて、
CCU(集中治療室)の先生に比べて、
日常で患者に点滴の針を刺す回数なんて、
比較にならないくらい少なそうじゃないですか。

そんな恐ろしい目に遭うくらいなら、
少しくらい血が漏れようともこのまま退院まで頑張るほうが・・・。

点滴の針の刺さってるところを見つめながら
なおも悩み続ける私を尻目に、
看護師さんは、さっさとナースステーションに戻り、
「A孫子先生がいたのでお願いしてきました。
今いらっしゃるそうです」と、
さっさと新しい点滴の針の準備を始めた。

仕事が速い。

ココロの準備もままならないうちに登場したA孫子先生に、
やはり、しつこく聞いてみた。

さわの「・・・先生、点滴上手いですか?」

やな患者である。

A孫子「良いときと悪いときが」
さわの「こーわーいーよぉぉぉぉぉーーー!!!」
A孫子「いや、ちゃんとやりますよ!」

そんな医者をすこぶる不愉快にさせる会話を浴びながら、
前日、看護師さんが採血を失敗して
内出血をおこしている場所を横目に、
A孫子先生は、さっさと一発で決め、
さっさと仕事に戻っていった。
(しかも刺す位置の希望-手首のそばは手を洗うとき不便とか、
利き腕じゃない方がいい?とかーまできいてくれた)


カッコいい。


思いっきり信用してなくてスイマセンでしたっ。
もしかして「健康運・腕のいいドクターとの出会いが」という占いは、
A孫子先生の方だったのか!
そういや、あの占いは今日までの日付だった。

ああ、青い鳥はいつも身近なところに。

意外と、一般認識とは違い、
お医者さんより注射が下手な看護師さんも
多かったりするのも現実である。
(ほんっとに上手い看護師さんは、
刺してるのがわかんないくらい上手いが)

でもって、ベテラン看護師だから上手いとも限らず、
意外と若い人の方がすごく上手かったりすることもある。

先入観はイケナイ。

今までの入院中の採血失敗最高例は、
早朝に起こされての採血で、
血管に上手く刺さらず、
腕の中を血管さがして針でまさぐられること
3回(ギャー!!!)、
出直しでもう一回来て、
やっと成功という記録が。

患者も、鍛えられてます。

2007年1月23日火曜日

新さわのの入院日記 第17夜

カテーテル検査である。
昨年4月の入院日記にも書いたが、大きな検査である。

右脚の付け根のところを通る太い動脈から
カテーテルという管を刺し、
そこから動脈の中を通って心臓まで通すんである。

そこから、X線を通さない液(ヨード造影剤)を
血管内に流して、何度もX線写真(及び映像)を撮るのである。
(いわば、血管のバリウム検査?)

大変な検査なのである。
しかも、足の付け根だけの部分麻酔だから、
その全貌が、横になった状態で全てわかっちゃうんである。

こわいよー。

でも大丈夫。私にはマシ○リの占い
「健康運・腕のいいドクターとの出会いが」
とのお言葉が。

と、思いきや、午後に検査待ち
(前の人が終わったら連絡が来る)をしていると、
緊急の患者が運ばれてきたので、
今日最後の検査になるとの突然の連絡が。

出鼻をくじかれる。

だっ、大丈夫さ。ははははは。
と、やっと呼ばれていったら
カテーテル室の治療台に寝かされたまま30分待ち。
だんだん足が冷えてきて、
看護師さんに足にタオルをかけてもらう。

いつになく、まったりした空気が流れる。

まー、治療のカテーテルじゃなく
検査だけのカテーテルだからねぇ。

そして、先生がとても若い。
いや、若いのは別にいいとして、
2人ともなんとなくまだ不慣れっぽい雰囲気が。

緊急治療の緊迫感とスピードが、ない。
(↑ いや、まあ検査だけなんだけどね)
隣室で私のカテーテル映像や資料を見ている(らしい)
昔の主治医のF崎先生の指示を仰ぎながら進めているようである。

これは、カテーテルの研修か?

いやね、どんなベテラン先生だって最初は新人ですよ。
毎日毎日、患者はひっきりなしに担ぎ込まれてきますよ。
健康な人間を被験者にして実習のできない分野の、
実地でしか経験できない作業ですよ。
急を要する患者や、難しい症例はそりゃベテランが手掛けるでしょう。
ただの検査カテーテル患者なら、
失敗の確率は極端に低いでしょう。
とくに私の血管は、お年寄りと違って
まだまだ弾力があって瑞々しくて、
そうそう管で傷が付いたりもしないでしょう。
そして患者自体が検査に慣れてるし。
こういう事例からこつこつと。

わかりますよ、わかりますよ。
理性としてはとっても分かりますよ。
でもね、


すっごく怖かったのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!


なにせ、全部見えて聞こえてますからね。
奥からのF崎指令を受けて、作業中の先生たちが、
「はい!」
「すみません!」
と目の前で言ってる声が。

いったい、何をしたことに対して今
「すみません!」
だったのぉ!?
「すみません!」って・・・「すみません!」って、
今言ったよねぇ?

今、私の身体にどんな
「すみません!」
な事が行われたのぉ!?
しかもそれ、一回じゃなかったよねぇ!?

医師A「○○○(←点滴する薬の名?)を」
(たぶん)放射線技師「はい」
医師A「・・・あ、いや、やっぱり△△△で」
技師 「△△△ですね?」
医師A「(しばし悩む)・・・・・うん、△△△」
技師 「△△△なんですね?」
医師A「△△△で」

ほんとーに、△△△なんですかっ!!!
いいんですね、私の処置には○○○じゃなく、
△△△でいいんですねっ!!!!!

まったりとした時間が流れる割には、
私のココロの中ではスリルとサスペンスに満ちた1時間半。

カテーテルを受けてかれこれ25年。
その間10回程度。
カテーテル技術の進歩を身体でじかに感じながら生きてきた。
そんな中、これまでで一番、手に汗を握るカテーテル検査だった。
(逆に言えば、それだけ周りを見回す余裕があったって事だが)

でも、終わってから特に問題もなく、痛みもなく、
ヨード造影剤の副作用もなく。
なんだかんだ言って、
若くして「腕のいいドクター」ではあったのは
確かだったのかもしれない。
(今までだって、一度として失敗されたことはないが)

次の日、主治医のN沼先生にそんな恐怖を語っていたら、
「いや、年齢と腕は別ですからねぇ」と言われる。
(↑それは暗に、自分も若いけど腕を信じてくださいよ!という自負ですか?)

そうかもしれませんが、施術中の
「すみません!」
はビビるんですってば。

2007年1月22日月曜日

新さわのの入院日記 第16夜

患者の受け持ちを持つ病棟の先生たちは、
だいたい20代後半から40代前半くらいである(たぶん)。
多くの患者さんは、主治医より歳上である。

でも、先生によっては
おばあちゃんとかにタメ口(というのか?)だったり、
偉そうな口振りだったりするのが、
以前はどうも見ていて違和感を感じることが多かった。

でも、色々な先生をよくよく観察していると、
敬語で丁寧な口調の先生だと、
どことなくよそよそしく聞こえてしまう感じがあったり、
ぶっきらぼうででかい声で威圧的な口調のようにみえて、
会話を注意して聞いていると意外とそんなに感じが悪くなかったり、
敬語だし、一生懸命説明もしてくれてるんだけど、
なんかしゃべり方がかんに障る先生がいたりと、
一概に敬語の有無ではくくれないなあと思うようになった。

まあ、あとは主治医との相性やキャラクターだよなぁ、
と最近は思う。

「あの先生は、口が悪いからねぇ」と、
患者同士で笑って話題に上るのか、
「医療現場でこんな傷つく言葉を言われた」と
投書されちゃうのかは、
その人の受け止め方であったり、
出会った状況の運不運が大いに関係する。

それを、数日の入院で見極めるのは、
実はとっても危険かもしれない。

私なんかは母の入院時に対応した医者の横柄さに、
当時ものすごく憤慨したが、
その医者と同僚であった私の友人の薬剤師は、
私の話を聞いて
「あー、○○ちゃんは誤解を受けやすいタイプだからなぁ~」
という反応だったし、

逆に、私がこれまでに内科で受け持ってもらった主治医の方々は、
私は入院して毎日見ててどういう先生かだいたい把握して、
まあ、これまでハズレの主治医に当たったことはないなあ
と思えるが、
別の患者さんなり家族の人たちが
それらの先生たちをどう思っているかは、
私と同じ感想ではないかもしれない、
と、患者さんと先生の空気をみていて思ったりもする。

先生や看護師さん間では
「あの先生は、患者受けはいいんだけどねー・・・・・」
みたいな評価の先生も、いたりするのかもしれない。
そこまでは観察しきれなかったけど。
でも、いるよなー、きっと。

2007年1月21日日曜日

新さわのの入院日記 第15夜

基本的にお医者さんは、当番でない限り土日休みである。
検査もないし、回診もない。

と、思って油断した格好でくつろいでいたら
主治医のA孫子先生が現れてビビる。

そういえば昨日も来てたし、
先週の土曜は、まだ病室内しか歩行許可が出てなくて、
シャワーも浴びることができなかったので、
病室内の洗面所で洗面器にお湯を張って、
足を洗っていたときに現れて驚かされた。

油断できない、休日の昼下がり。

ナースステーション前で新聞を読んでいると、
今日は何故か、先生がいっぱい出てきている。
病室に回診に来ないだけで、
病院には出てきてるのか。
明日、なんかあるのかな?
と思いつつ夕方になる前にはいなくなっていたので、
そんな事もすっかり忘れ、
日が暮れる頃やはり油断しながら職員用のエレベーター前で
夜景を眺めていたら、この階で降りてくる人影が。

さわの「!! A孫子先生、まだいたんですか?!」(←失礼な言い草)
A孫子「今日は当番(当直)です」
さわの「・・・・・お疲れさまです・・・・・」

てことは、この2週間で1日しか休んでないって事ですか。
しかも、そのうち一日は当直!
お医者さんは、大変だなぁ・・・。

って、帰宅拒否症とか。
(↑ ウソです! 毎日お疲れさまです!)

2007年1月20日土曜日

新さわのの入院日記 第14夜

ここのセンターは、高次機能病院(ていうのかな?)なので、
治療の目途がつくとさっさと退院
もしくは地域の病院に転院させられる。
従って、重症患者さんが多い割に回転率がやたら高い。
(と、いうよりそういう一般的にそういう流れなのだろうか)

今日退院の隣の患者さんがいなくなると、
2週間目にしてすでに私がこの部屋の一番長い入院患者になる。
その割には先輩風が吹かせられないのは何故だろう。

それは、同室患者さんが私以外みな
70・80代のおばあちゃんだからである。

気分は、老人ホーム体験入園記。

しかも、ヘルパーとしてではなく、
当事者としての。
この歳でパラマウ○トベッドに寝てるのは私くらいなものである。

同棟には、「家に帰る!」とゴネて
看護師さんや先生と押し問答しているおじいちゃんがいたり、
同じ病室には、身体がフラフラなのに毎回トイレに行くときに、
(補助をしてくれる)看護師さんを呼ばないで
点滴を付けたまま一人で歩くので
危険でしょうがないので
いつも看護師さんに怒られるおばあちゃんがいたりと、
(とうとう次の日にはナースステーション内にベッドを移された)
まさに病院というよりは老人ホームのようである。

そんなところに、外出もできずに24時間拘束されている。
正直、ストレスもたまる。

志高きワカモノであれば、この体験を元に、
医者や看護師を目指すのかもしれないが、
残念ながら私は初めて入院した小学生の時点で既に、
「私には向かない職業」だと悟っていて、
一度たりとも「将来の夢」に「お医者さん」とか「かんごふさん」
と書いたためしがない。

だが、この状況を見ていて思うのは、
本当に看護師さんは人手不足で
ものすごく忙しそうであるということだ。

看護師さんが何人も全速力で
廊下を走っている姿を見るのは日常茶飯事だ。
先日も6日間髪を洗ってもらえず、かなり難儀した。

別に、不満とか告発とかいう次元の話でなく
(昔はそれで片付けていたが)、
患者に付き添いの家族がつかないシステムをとっているこの状況で、
一人ひとりの患者に目を行き届かせるのは
かなり厳しい状況だろうと正直、見ていて思う。

だいたいにして、患者さんが
「かんごふさん、忙しそうだからこれくらいの用で呼ぶのは・・・」
と、我慢してたり、自分でやろうとして
逆に看護師さんに迷惑をかけたりしている。

それじゃあ、いかんのではないか。

言ってみれば、シーツ交換や食事の配膳なんてのは、
シロウトでもできるんじゃないか。
研修を受ければ、足を洗ったり髪を洗ったりというのも、
一般の人でもできそうだ。

私なんかはベッド上安静や、
病室内のみの歩行しか許されていないときに、
売店で必要なものを買ってきてくれるとか、
車いすで売店や検査室に
連れて行ってくれる人がいると大助かりだ。
(ちょっと売店に行くために看護師さんに
車いすを押してもらうのはどうしたって頼めない雰囲気がある)

有償の「病院ボランティア」を募って、
そういったところの作業を手伝ってもらい、
ヒマな患者さんの話し相手になったりしてもらっていれば、
(カルテのデータには表れてこないような
メンタル面も分かる一助になるし)
看護師さんの本来の医療実務に専念できる環境が整って、
患者への目配りがずいぶん変わってくるように思う。

ヒマなのと、
新聞の地方医療の崩壊みたいな記事を
毎日読んでいて、
ふと、そんなことを考える。

2007年1月19日金曜日

新さわのの入院日記 第13夜

教授回診の金曜日。

カルテやレントゲン写真など
資料をそれぞれの患者のベッドの足下に揃え、
教授に説明する準備を着々と始めるN沼先生。
(見ていると、どこもグループのトップの主治医ではなく、
若い主治医がやっている。
若い主治医のための研修っぽい回診である)。

そんな忙しそうなN沼先生に世間話をしてみたくなる(←いじわる?)。

さわの「N沼先生は、いっつもナースステーション前で
     患者さんに説明してますね」
N沼 「そうなんですよ(笑)」
さわの「新聞読んでると(退院する患者さん連れて)やって来て、
     「あ、また?!」と思って」
N沼 「(笑)」
さわの「あ、でもこないだ退院するときは私、
     A孫子先生に説明してもらった・・・」
N沼 「難しい症例の患者さんは、
    A孫子先生が担当する時もありますね」

患者は退院する直前に、
家族と共に主治医からの説明を受けて帰る。
それは、入院中の検査結果による診断であったり、
今後の生活習慣の気を付けなければならないことの
説明であったり多岐に渡る。

中には、心臓病を疑われて検査入院したものの、
カテーテル検査をするまでもなく、
「心臓病ではない」と判断されて、
数日で帰る人もいたりと、
とにかく入退院の回転率が高いので、
その都度、受け持ち患者のカルテを覚え、
覚えた頃には退院で患者に説明の日々の繰り返しで、
想像するだにめんどくさそうである。

さわの「主治医グループ(3、4人構成)はいくつあるんですか?」
N沼 「4グループ」
さわの「じゃあ、(病棟に)40人患者がいるとして、
    1グループ受け持ち10人ですか!」
N沼 「ああ・・・まあ、だいたい」

しかも、その10人を1カ月とかずっと見てるわけではないですからね。
検査だけだと5日かそこら。
治療の人でも、めどが立てばだいたい2週間程度で退院。
時々、突然発作などで症状が重くなった人が
CCU(集中治療室)に送られたり、
逆に、私みたいに予約無しで緊急入院してきて増えたり。
毎日毎日、受け持ち患者は入退院で構成が変わっていく。

でもって、受け持ち患者以外に外来診療や、
県内の病院に出張診療のある先生もいて、

うわ、めんど!

そう考えるとA孫子先生とか、
突然の私の質問に、私のカルテも見ずに即座に回答するのとか、
今は主治医ではないF崎先生が、
私の病歴をよく把握してるのって、
実はすごいことなのかもしれない。

しかも、大学病院(の附属センター)だから、
先生によっては研究論文とか作成したり。
って、いつそんな事をしてるんだ。

大学病院で赤ひげ先生を目指すのは(求めるのは)
物理的に難しそうですね。

少しくらい、N沼先生が普段あまり回診に来なくても、
時々、A孫子先生が短くぶっきらぼうな口調でやって来ようとも、
まあ、大目にみてあげよう(←みてあげちゃうんだ)。

まあ、生身の身体見てるより、
データ(検査結果)見てる時間の方が長そう
という心配もないではないですが。

でも逆に、こういう受け持ち患者持ってない、
偉い先生たちって、
ふだんは何やってんでしょうね? 
授業?